Poizon of rose

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「大川端探偵社」#12 幸せな日常の回復

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とうとう最終回を迎えた「リバースエッジ 大川端探偵社」。
ついに、とはいってもそこは大川端探偵社、いつものように淡々と普通に事件をクリア‥‥
するのかと思ったらとんでもなかった(汗

なんすかこのハードボイルド展開!(゚д゚;)


なぜ所長がボコられなければいけないのか。
なぜ村木までボコられなければいけなかったのか。
その理由を察する事ができない人には若干納得しづらい内容だったのかもしれない。

これまで常に依頼人に寄り添うスタンスだった村木は、今回もまた、依頼人である所長に寄り添っていた。
毎度おなじみスローモーションタイムは、黙ってコートを脱ぎ、無抵抗に殴られる村木の姿。
うむ、鬼と罵られようと構わん! メグミちゃんの「チョー楽な仕事」が男性視聴者へのサービスタイムなのだとしたら(監督談)、自分にとってはあのシーンこそがサービスタイムだった!(うっとり)

とはいえ、コート脱いだ瞬間「よし!ここで正木様召喚だ!」とか心の中で呟いちゃったのは事実(笑)
だってあのクソみたいな掃除屋(?)の面々ぶっ潰して欲しかったんだもん。
所長ボコボコにしくさったクソどもをボコボコにしちゃってくださいよ正木先生!(愛川さんでも可)
と、やはり思わずにはいられなかったんだけど、現実はそうはいかないわけで。
もし村木が「実はかつて国際テロリストで」とか「実はクウガで」とか「実は裏の顔はスニーカーで(マニアすぎるか)」なんでもいいが、あそこで大暴れして「先生」とやらの始末人を潰してしまったら、その後徹底して大川端探偵社は消されてしまったわけだ。
「警察には知らせるな」「一人で来い」「何かあったら後は頼む」
いつの時代の探偵小説だこれはと言わんばかりのベタ三連発を「ベタですよ」と茶化しなあいがら、ふたりとも王道ともいえるベタベタのハードボイルドじゃないか、カッコイイなあ。
すべてを飲み込んだ上で、所長といっしょにボコボコにされた村木、かっこいいよ。

そして一夜明けたらいつもの長いすでいびきをかいてるメグミちゃん(笑)
ニヒリズム満開の70年代ドラマみたいに、誰も居なくなってしまった大川端探偵社‥‥なんていうラストじゃなくて、今日も、そしてこれからも3人は淡々と、いつもと同じように依頼人を迎え、探偵業務をこなしていくんだなあ、と思えるラストでほっとした。

所長も村木も、身体を張ってメグミちゃんを、つまり彼らの居場所を、日常を守った。
それも彼女に真実を悟られることなく。
なんという美学。なんというダンディズム。
ダンディズムとは畢竟やせ我慢である、というのが自分の信念なのだが、今回の「リバースエッジ」はあますところなく男たちのダンディズムを描ききっていたと思う。

これまでの流れがあった上での、監督オリジナル最終回。とてもよかった。
ため息が出るくらい、なんて美しい最終回だったんだろうと思う。

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‥‥唯一不満が残るとすれば、入浴シーンがカットされた事だ。
あそこまで脱がせておいて所長の半裸だけなんて生殺しだー!ヽ(`Д´)ノ

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「大川端探偵社」#11 大川端心中

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バッドエンドだと非難轟々なのは世間の仕様なのか。
だが、きみたちは今回のラストをバッドエンドだと思うのか?
死んだらバッドか? ホントにそうか?


依頼主は、フルマラソンで2時間を切った、無名ランナーの素性を探って欲しいという女性。
半信半疑の探偵社の面々だが、そこは「ある種のファンタジーのような依頼が、うちは得意」と豪語する所長、「人間かはたまた妖怪か、見極めてくれん」と‥‥

ひ、ひどい! 滝藤さん妖怪扱いだなんて!w
‥‥って思ったらほんとに妖怪だった(汗)

なんだすねんアレ! あの目を剥いて唾飛ばして「長距離走における人類の優位性」をまくしたてる妖怪怖ええよ!
そんで普段は淡々とスーパーで肉切る毎日。って、肉切ってる滝藤さんもっと怖いし!(´Д⊂ヽ
ううむ滝藤さんやっぱりイッちゃってる演技すごいなあ。

しかし問題は、ドーピングして寿命を縮めてまでもスピードを競う、それも人間相手ではなく野生動物に対抗心燃やしてる意味不明な「妖怪走る男」よりも、その男をストーカーしている依頼主の側だ。

男の方は確かに妖怪だと思うが、女の方は一応人間の範疇だ(たぶん)
そこそこ小金を持ってマンションを購入し、地味な外見を個性的な、ええといわゆるコムサみたいな(古い?)オサレ感覚や、喫煙や変な喋り方のすべてが「自分保護コーティング」だと思われる、つまり結婚しない(できない)ウン十代働く女性に対する世間の偏見をぜんぶかき集めたような、いかにもありそうな独身女性。
そんな彼女は驚異的なスピードで走り続ける「妖怪走る男」に魅せられ、とらわれる。
その走りがドーピングによる異形の技なのだと知ってなお、いやむしろ嬉々として彼を見続ける。
話しかけるのでもなく、一緒に走るのでもなく、ただひたすら見るだけ。
まるで魔に魅入られたかのように。

そして、彼女は一度として会ったことも話をしたこともない男に殉じる。

つまり、これは心中ものなんである。
自分ひとりの世界だけを愛する男女の、孤独な心中なんだ。
と、自分にはそう思えた。

とりあえず今回のお話は都市伝説とかほん怖とか「世にも奇妙な」何たら的なものなんだと思う、本質的に。

「隅田川沿いにさあ、ものすごいスピードでぐるぐる走る男がいるんだって」
「その男、ある日走ってる途中で心臓麻痺で死んだんだけど、その後もあそこ走ってるランナーたちが、時々追い越していく姿を見るんだって」


とかありそうじゃないかオカルト板とかで。

そんでさあ、「走る男」に魅入られて、ずっと見続けて、とうとう男と一緒にあの世に行っちゃった女がいたんだって。

でも、走る男と落ちた女の関係は誰も知らない。
誰も知らない心中事件があったのだと、知っているのは川沿いの小さな探偵社の人間だけだったと。

そして、死んでしまうランナーをじっと見下ろす村木の乾いた表情がまた‥‥

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怪談よりよっぽど怖いよね。
限界を超えることへの狂気めいた情熱とか、誰のためでもなく自分のためだけの小宇宙を完結させる「走る男」の狂気よりも、むしろ彼のその狂気に触れて同化した感のある依頼者の心が怖い。傾倒した相手にそこまで入れ込む情熱に若干覚えがあるだけに(笑)
「走れ、走れ」と双眼鏡越しに走る男の姿に熱中する姿は、対象をアイドルとか二次元の世界の人とかに置き換えるとなんだか親近感を覚えないでもないw

日ごろは依頼者に寄り添う大川端探偵社だが、今回は突き放した感のある回だったなあ。突き放されたのは視聴者か。
人情ものもいいけど、これはこれで好きだなあ。こういう話もやれるところが大川端だなあと思う。

そして、こんな奇妙な、後味の悪いストーリーであろうとも、最終的に視聴者を和ませてしまうエンディングの癒し能力が凄すぎて、もはや感動さえ覚えるのである。

「大川端探偵社」#10 代役二本立て!

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今回の「リバースエッジ大川端探偵社」はなんと豪華二本立てw
名画座とか、「東映まんがまつり」とかみたいだなあ、とワクワクしながら観たらほんとにそんな感じの異色二本立てだった。

「もらい乳」

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世の男たちの乳房にかける意味不明なまでの執着は、畢竟、母性への渇望から来ているのかも知れない。
あの村木ですら何だかんだ邪険にしつつ、メグミちゃんに写真を撮れといわれたら胸撮ってるくらいだから(笑)これはもう遺伝子レベルの問題なんだろうな。

見たこともない母、覚えていない乳母への、孤独な依頼人が抱く狂おしい願いは、別の形で叶えられたわけだ。
「トロイメライ」のメロディをよすがにして。
自分は天涯孤独なんかじゃなかった。
血は繋がっていなくても、同じ思い出を持って育った乳兄妹がいたのだと。

本当にそれだけの話なのに、依頼人の心が救われたことが、観ている側にはっきりと伝わって泣けてくる。
冬枯れの桜の木の前で、尋ね人の死を知らされた依頼人の孤独を感じ、その娘との再会して号泣する彼にはらはらと舞う造花の桜の花びらに歓喜を感じる。
村木もメグミちゃんも良い仕事をしたなー。

昔はこんな風に、ご近所同士の助け合いとか普通にあったもんだよな。
自分も身体の弱い母親のかわりに隣家のおばさんに半分くらい育ててもらったなあ。と、なつかしく思った昭和世代。

「決闘代打ち」

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(クリックで倍サイズ)

一本目がほのぼの人情ドラマなら二本目は血湧き肉踊るアクションものと相場が決まっておる!
というわけで二本目は「アウトレイジ」全開! 出る役者出る役者無駄に豪華な日本のヤクザ映画を彩る名悪役がてんこ盛りでしかも決闘三本勝負だすげえ!
‥‥と思ったらこれもほのぼのだった(別の意味でw) っていうか爆笑コメディだった。

とにかく決闘の内容からして腹抱えた。
「先鋒 格闘家 VS 半グレ」
半グレ勝てるわけねえだろこれ体格違いすぎだろと思ったら脛払いのあと思いっきりボコボコにしてた。半グレの勝ち。
「中堅 薙刀の使い手 VS 忍術の使い手」
薙刀って! 忍術って! いつの時代の決闘だこれ、いるのかイマドキこんな人間いるのか! と笑ってるうちに薙刀美人の勝ち。
そして迎えた最終戦。

‥‥の判定役を頼まれた所長。
にこやかに「お宅の会長さんには世話になってるし、いいでしょう、お引き受けしましょう!」
と満面の笑顔で引き受けつつ村木に代役を振るw 所長鬼www
引きつった村木のアップのままCMに入り、次のシーンではいきなり完全防備www

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フルフェイスヘルメットにライオットシールドまで装着した村木無駄にカッコイイ!www
カッコイイのにへっぴり腰で可愛いwwww

そして
「最終戦 鎖鎌男 VS バズーカ男」

バズーカwww
バズーカってええええええ
酷い! ひどすぎるなにこれバズーカって対戦車ロケット発射器決闘に持ち込むなよ「飛び道具とは卑怯なり!」どころじゃねえだろ!
とか思ったのに鎖鎌が勝つところがこのドラマ。

ニヤリと笑ってブーメランで方向狂わせてさっくり片付ける鎖鎌ジジイ素敵! ていうか(見物に回ってたくせに)そのタイミングで勝負あったをかける所長素敵! でもやっぱヘタレ姿の村木が最高www

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ここまででもうわき腹が痙攣起こしかけているというのに、さらに爽やかに仲直りしたヤクザ同士がキャッキャウフフとかもう勘弁してくれ、深夜に大声で笑えねえんだよなんだよこのほのぼのヤクザドラマは。

まあ、そんな感じで、見ごたえのある二本立てだった。
「もらい乳」で泣けたし「決闘代打ち」では(フルフェイス完全防備の村木に)ニヤニヤしたし、二本立てなんて収まるのかあんなにCM多いのに、と心配したけどさらっとこなしてたなー。

欲を言えば(個人的には)「決闘代打ち」の方を長くして、もうちょっとこのオモロイ面々の戦いをくわしく観たかった。
というか、どちらもまるまる一本にして充分に楽しめる内容だった。
でも、これを短編二本立てにしたことで、いかに日本のドラマが間延びした水増し演出で保たせているかがよくわかった。無駄な引き伸ばしとかCMのあとで同じ映像が重なるとかくどい説明とか意味の無いカットとかとか。
その気になればこんだけ削って、しかもそれでも演出効果のためのスローモーション映像まで入れられるのだなあと。

ところでこの二話がセットである事が納得いかない人もいるらしい。
「もらい乳」と「決闘代討ち」はまったく異なる種類の話だからこそ二本立てにする意味があると思うんだが。
あえていうなら両方とも「代役」つながりってことかなーと思ったけども。
なにがしかの共通項がありながらまったく違う作品を両方観られる。
基本的には二本立てってそういうものでしょ? この「こっちもあるけどあっちもあり」的なお得感がいいんでしょ? 番組構成まで昭和表現とかすげえよなーと、私なんかは思ったが。
シネコン世代だとピンとこないのかなあ。

「大川端探偵社」#9 キモオタすらも俎上w

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あー、今回の「大川端」はシュール系か~!
というのが視聴後の第一感想。
いや、話そのものがどうこう言う以前に、依頼者の破壊力が凄すぎてもう(笑)

依頼者は遊園地のウグイス嬢の声に恋した男。
声だけで毎日通いつめるほど惚れ‥‥といえば純愛系ぽくて聞こえはいいが、いったいどうやって暮らしてんだかどうみても浮浪者一歩手前みたいな苔むした外見といい、あくまでも自分の視点だけですべての物事を決め付けて強要して、それが受け入れられないとなると逆ギレか現実逃避するところといい、要するにストーカー(一歩手前)。

えーと、これが「コミュ症ピザ」とか「声豚」とか貶されてるような人たちでしょうか?
自分アニメとかほとんど見ないのでよくわかんないんだけど、うん、「声」は大事な要素だよね!
「声」は自分にとって「骨」と対で男を選ぶ際の重要な要素なので、そこはとても同意するよ。

なんたって、どんなに頭が良かろうとものすごいハンサムだろうと身体能力が人間離れしてようと大金持ちだろうと、声が好みでない時点でその人物は自分にとって「オス」カテゴリーからはずれる。
では逆に声さえ好みなら他がはずれててもOKなのか? といわれると、これが(自分に限っては)そうではない。

あくまでも個人的な見解にすぎないが、「声」と「骨格」には非常に密接なつながりがある。
人間の声質がどこで決まるかというと、それは骨と筋肉だ。「声」というは波動だか波長だかがが骨を通して響き、筋肉によって抑制されて決まるわけだ(たぶん)。
つまり「声」ひとつでその人の人相、骨格、体型がある程度しぼられてくる。
好みの声の男なら、少なくとも自分の好み(の骨格)を大きくはずれることはまずないのである。
‥‥いやあくまでこれは「男の価値の第一は骨格」が信念というワタクシに限っての論法なんですがね(笑)

まあそんなわけで、今回の依頼者の主張に対して1%くらいのシンパシーは感じる。
たぶん所長と同じくらいは。

ただ、それとこの依頼者の精神構造の気持ち悪さは別問題だw
今回、村木が終始不機嫌で、嫌そうで、しまいに怒った表情を見せる。
あのメグミちゃんでさえ「生理的に受け付けない」というほど嫌がるというのはただごとではない。
彼らの拒絶が、外見が気持ち悪いとかオタクだからとかいう理由ではないのは確かだ。
だって、以前尋ねてきた、ひと目見たアイドルに焦がれて30年間手を洗わなかった男にはむしろ同情したりして受け入れてたもんなあ。
それは自分と外界との線引きができるか否かなのかもしれない。
どれだけ独りよがりだろうと、気持ち悪かろうと、そういう自分を認めていて、世間に対してちょっと肩身狭そうに頑張って生きてる人間に対して大川端探偵社の面々は優しい。
でも今回の依頼者は自分が世界だと思っている。
自分を否定する世界を否定している。

「探偵物の小説か映画だったらな、ここで依頼人のためにもうひと頑張りするのがパターンだろ。こんな終わらせ方ねえよ、ちゃんと会わせろよ!」
とごねる依頼者に、
あの、いつも状況に逆らうことなく依頼人に寄り添う村木が、珍しくきつい口調で睨みつけるシーンが印象的だった。

「じゃ、どのような終わらせ方がいいですか」

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村木でもこんな表情するんだねえ。

どんな終わらせ方がいいのかと訊かれて詰まる依頼者の絶句した表情に、なるほどと思った。
そりゃあ答えに詰まるだろう。
だって彼は終わらせることなど考えていなかったのだろうから。
大好きな声の「彼女」の素性がわかり、うまく会うことができ、そしてファンから知り合い、友人、あわよくば‥‥みたいな薔薇色の(腐そうな)未来だけしか想定してなかったのだろうから。

その後逆ギレして飛び出した男が村木のストーカーになり(ちょっと違うかw)、飛び火を恐れた所長の画策で替え玉作戦を実行するところまでは良かったが、無駄に察しが良いあたりこの依頼者もただのキモオタではない、というかむしろキモオタだからこその察しの良さというか。

そして、依頼者は現実を拒絶する。


もし、彼女に会えていたら、男は現実に戻ることができただろうか。
それはもちろん無理だろう。その現実で彼が彼女を自分のものにすることはたぶんできない。
なんたって当の彼女は、彼のような男を軽蔑し、嫌いぬいている。
依頼者が「彼女」を自分のものにするには犯罪者になるしかないのだ。

この無駄に察しの良いキモオタ男はたぶんその辺のことも承知の上で、それならば、今のままの方がいいという結論に至ったのだろう。

「たとえ本人と会えたとしても、いずれ彼女がこの老婆のように年を取ってしまうのなら、もう本人に会わなくてもいい。
老いて醜くなる本人を知るくらいなら、いっそ会わずにあの声だけを聞いていたい」

それは彼の本音でもあり、世界を受け入れられない自分への言い訳でもある。
ある意味ストーカー案件としては非常に無害な部類の結論に至ったことは幸いだ。
キモヲタ本人にとっても、周りにとっても、ある種の「幸せな結末」にはなったのだ。
タイトルにもなっている「お前の命は貰った!」はお化け屋敷の園内放送のセリフだった。
結局、元の通り遊園地に毎日通い、この声に恍惚としている依頼者の命は、人生は、この「声」に捧げられてしまったのだろうか。

実は現時点ですでに11話まで視聴しているので言える話なんだが、「リバースエッジ大川端探偵社」というのはほんとうに幅広く、さまざまなジャンルの話を「大川端視点(=所長視点)」で包括する物語のようだ。
ヤクザの親分から平凡なサラリーマンまで、しんみり良い話からホラー、エログロ、すべからく所長から見れば面白く、共感できる人間であり、事件なのだろう。
「どんな依頼人も依頼人の人生も差別をしない」がモットーの探偵社は、つねに依頼人の人生を包み込む。
だから、これもやはり大川端探偵社なりの「依頼人の納得」した結末なのだ。
ずーっとバーチャルの世界で生きられればそれでいい。
気持ち悪いけどそういう形の幸せも存在する時代なのだと。

「大川端探偵社」#8 クウガやってましたから(違

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うわー、ロンタイのスケバンですって! さすがおっさんホイホイの「リバースエッジ」(笑)
でもこれ20年前の設定ってちょっと無理がないですかね。だって20数年前ってもう「平成」なんですよ(orz)
これは昭和だろう、昭和。それも50年代とかあのあたりだよ。なあ?
ああ、ひょっとしたらこのドラマの作中時間そのものが今から10~20年くらい前なのかもしれんなあ。



さて、原作では、現在の麗子さんは姿を現さず、過去のスケバンそのままの姿で依頼人の夢を壊さずに終わる、らしい。
その終わり方もいいけど、それで終わらせないのが大根監督の(毎度の)手腕で。
がっちりネタばらしした上で、依頼人と探し人の現在を肯定してみせた。

「自分は生まれ変わった」と繰り返すわりに、土下座して万札出す梶原は根本的なところが変われていなかったのかも知れない。
一瞬にしてかつてのスケバンに戻った麗子さんの一喝で、これでようやく彼は、本当に変わったのだろう。
そして、その麗子自身も。

「私はスケバン麗子さんのおかげで生まれ変わったんですよ」
「あの頃の自分は忘れたいと思ってたんだけど、あなたのお役に立てたんだったらそれはそれで良かったのかもね」


このやりとりのために、「その後」をくっつけたんだろうなー、今回は。
「話の結末は見る人次第」だった前回とは対照的に、結末のその後までをも描いたのが今回だ。
これが蛇足にならないところが凄い。ていうか、むしろ再会してからが本題と言っていい。

過去の自分をありのままに受け止めることは、なかなか難しいことだ。それはつまり現在の自分をもありのまま受け止めるということだから。
でも、昔の自分は、情けなかったりバカだったり、そりゃもう恥ずかしい存在だけども、それがあったからこそ今、いっぱしの大人になることができたわけで。
荒んでいた自分の過去を愧じていただろう彼女にとって、梶原の言葉は昔の自分への救いだったろう。
おっさんおばさんになるってのはそう悪いことじゃないんだぜ。
このドラマはそういう風に、登場人物や視聴者を包み込んでくれる。

そういえば3話で、趣味も友人も恋人もいない朴念仁の依頼人のことを所長が「いっそ面白い」と評価していたのを思い出す。
小さかったり醜かったりつまらなかったりする人間の本質を、決して否定することなく温かく迎えてくれるのが「大川端探偵社」で、それは要するに所長その人の温かさなんだろうなあ。
そう、まさに所長みたいに懐が深くて広い、茶目っ気もあれば凄みもある「カッコイイじいさん」になるためには、まず「カッコいいおっさん(おばさん)」にならなくちゃいけない。
若さがすべてとか思い込んでる年代にはわからないかも知れないが、人間と言うのは成熟するために生きているのだ。おまえら(未熟でこっ恥ずかしい)ピッチピチの若者に存在意義があるとするなら、それはいい男、いい女、いいおっさんおばさんになるための修行期間なのだ。
修行せいw

‥‥でも「(ヤクザ相手なら)俺の出番かー」とかいっていきなり組長に電話しちゃったりするようなカッコイイじいさんにはそうそうなれそうもないけども(笑)。あー所長マジかっけえわ。

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それにしても、今回も奮いつきたくなるようなかわいらしい村木がいっぱいでしたなあ。
オダギリファン的には大漁回であった。
枕を蹴飛ばされて「うわああ」と情けなく飛び起きる姿にまずほんわかするし、まるで兄妹喧嘩みたいなメグミちゃんとのやりとりも微笑ましい。
ヤクザの幹部と差し向かいになったシーンでは、目の前で舎弟が殴られてびびる表情がなんともいえず、だがそれよりプリンアラモード喰う幹部がさらに可愛いかったりでもうなあ。

何と言っても今回は空手コスプレだ。微妙に似合わない胴着でやる気ゼロの正拳中段突きには思わずM4胴着買おうかと真剣に悩んだ(笑)
師範代に「ちょっとやってたでしょ」と訊かれて(「ええマイティで3トンでしたからねえなどと応えてはいかんな、特オタだと思われる)ぼへーっと「見よう見真似で」と応えるカーリー頭。見ようによってはほんとにデリヘルのマネージャーが健康に目覚めて運動始めたように見えるから不思議。不思議でもないか、不健康不健全なオーラにじみ出してるもんな、探偵。

でも、本編のどんな素晴らしいシーンよりも威力あるのが、毎度のことながらエンディングだ。
あれは何ですかね、あの「サニーサイドメロディ」聞きながら、くーかくーか寝てる村木を眺めていると、ありとあらゆる苦悩とか煩悩とかドラマの考察とかどうでも良くなって、「ああ、いい一日だったなあ」とか納得しちゃうんだよ。あれ、催眠術かなんかじゃないの?
しかも今回「お昼寝村木くん百態」がいつもより長かったもんだから、ほんの二時間前に熱狂した黒目西門がどっか飛んじゃって困ったわ、かなり本気でw

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