Poizon of rose

蜜×毒なイラストとかOJとか

なぜ大久保アゲになったかは不明

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うどめさあー!
……などと、会津贔屓の自分が西郷相手に叫ぶ必要はまったくないんだが(笑)、とりあえず叫びたくなるような西郷回でございました。
カッコ良かったっすなー、維新の総仕上げ。
いやでもね、実際西郷って(美男かどうかはともかく)ああいう感じの人だったと思うんだよね。
敵味方関係なく男惚れするタイプ。
でも本人はなんか意味不明にあっちこっちに八方美人なもんだから、女房役の一蔵どんが苦労するんだよねえ(笑)

西郷どんに関しては、実を言うと自分はよくわからない。
西南の役が、維新の膿をまとめてポイ的解釈は以前から言われているが、実際のところ本当にそうだったのかもいまいちわからん節がある(二日前に降伏の嘆願書送ったり)。
そもそも薩摩に引き上げた理由もはっきりしないし、引き上げたあげくの田舎ライフは本気で満喫してたみたいに思えるし。
わかんねえわー、あのおっさんは。
維新までは「凄い人」なイメージだけど、新政府が樹立してからは言動に一貫性がないというか意味不明というか、
あれに一貫した意味があるのだとしたら、自分にはとうてい理解できないくらいデカい人物だという事なのだろう。

むしろ自分は政治家としては西郷より大久保の方を評価している。
版籍奉還や廃藩置県による中央集権化、富国強兵めざした殖産興業の徹底、地方税の設置、私情や藩閥に捉われない人材登用。
別に司馬史観にとらわれた見方をせんでも、近代国家としての基礎はおおむね大久保利通が作ったと言って過言ではあるまい。
しかも、そんな国策と同時並行してばっちり政敵や反政府勢力の駆逐を画策してたりするわけよ。
うっとりするような権謀術数の権化じゃないですか。
まあ、あえて失策があるとすれば、例の、ホレ、岩倉使節団に強引に乗り込んだことくらいで……(笑)

革命家でありながら冷徹な官僚でもあり、切れ者だし大局を見るし、情に流されないし。
ねえ、完璧でしょう?
……なのに人望が無いばっかりに(ある意味政治家として致命傷なんだけど)

藩閥意識にとらわれず、日本を国家として俯瞰し、西欧列強に対抗しうる国作りを推し進めてきた人なのに、私情を捨てて辣腕を揮ったせいで故郷では完全に裏切り者扱いらしい。
鹿児島ではいまだにそういう扱いなんだろうか気の毒に。

つうか何が気の毒って、終始一貫して自他共に認める西郷ラブラブ人間なのに、
・渡米時には「あの船沈んじゃえばいいのに」とか言われるし、
・二度手間の骨折り損で傷心の帰国をしてみれば、愛しの西郷どんは新平ちゃんだの板垣だのの側にくっついちゃってるし、
・てか、そもそも自説が受け入れられないからって勝手に帰郷って薄情すぎると思うし、
・それでも西郷さあならと信じてたのに「打倒新政府」とかやられちゃうし、
・最後まで西郷どんが引かなかったせいで、苦労して政体確立し、財政・兵力を立て直してきた努力があやうく台無しになるところだったし、

……総じて、ひょっとしてあんまり西郷さんに愛されてなかったかもねえ、と思わずにいられないあたりが。

あげくの果てに、西郷の超カッコイイ「おいがすべて抱いてゆく」ラスト、木戸の「これが維新の総仕上げじゃあ」ラスト、にオマケのようにひっつけたナレーションでの「暗殺されちゃった」扱い。

なんだろう、一蔵どんが気の毒すぎて泣けてくる(´Д⊂ヽ



……というわけでまあ、維新三傑が全滅し、会津視点で最後の武士的佐川様もお亡くなりになった。
もはや自分が観たかった幕末・会津要素は今回で終わってしまった。
以って瞑すべし。
朝ドラ化した明治編にはもはや用はなく、本来だったらもう「今年はこれでいいや」と視聴をやめてしまいかねない状態だ。
が、今年はそうはいかん。
さもありなんとばかりにオダギリが配置されておる(くそ、NHKめ)
しょうがないから、来週からはまったりと襄先生鑑賞もとい新島夫妻のサクセスストーリーに専念しようかのう。

そんな襄先生。
今回はひときわ見事なまでのシリアスクラッシャーっぷりだった。
「再び内乱」の知らせに山本兄妹が眉間にシワ寄せて、まるで戊辰に戻ったかのようなあの曲が流れる中、深刻さをぶった切る
「八重さーーーん!」
「良い知らせがあります♪」
戦争なんか気にしない。そして誰もそれを咎めない。すげえ。

……ってか一歩間違えるとただのKY男を、天使にさせるオダギリがすげえわ。

まあ自分が女学生だったら間違いなく「こっちの先生の授業が受けたい!」って言うね。
授業内容なんかホントはどうでもいいけど、勉強する気もしない気もこの男にかかっているんだぜ♪ みたいな?

大久保さんより扱いがいいと噂のマンモス
不二子ちゃん思い出した人はコアなオダギリファンw


さて、山川様や佐川様の活躍を新聞で読んで、山本母やみねさんは単純に喜ぶ。
しかし、覚馬や八重の表情は曇ったままだ。
彼らの反応が内乱や会津に対して第三者的に見えるのは、ドラマ的に重要な部分だと思う。
彼らはすでにかつての会津武士ではなく、日本という国家や未来を語る人間に変わっているという事だろう。

あえて(流行のアレで)言うならば、
「やられたからやり返す」ではただ返した事にしかならないわけで、
「やった相手より上に行く」からこそ「倍返し」なのだ。
朝敵の汚名を着せられた会津武士たちが、汚名払拭を懸けて西南の役に臨んだ気持ちは当然だと思う。
が、山本兄妹は(会津を犠牲にして新時代を作ったにも関わらず)立ちすくんだ状態の東京新政府に対抗できる文化を京都という見捨てられた場所で作るという、倍返しを行っているのではないだろうか。

「西郷のまいた種は君らの学校で芽吹くのかもしれんな」
という木戸さんのセリフは、あざといが今後のストーリーの核心だろう。

守る会2戦目も圧勝

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「出たな熊本バンド!」
「故郷追い出されて行くとこないくせに態度でかすぎ」
「ザンギリ頭に下は袴で、キリスト者のくせして恩を仇で返すとか、むしろ鵺はお前らの方」
……等々、放送直後からツイッターでトレンド入りし、掲示板でも言われ放題の熊本バンド。
いや、期待にそぐわぬ生意気っぷりでしたな(笑)

まあまあまあまあ、皆さん落ち着いて。

時代背景を考慮するならば、維新後なんの恩恵を受けられず、むしろ虐げられた立場の士族たちが立身出世するための、唯一の手段が学問だったわけで。
それが彼らの勉学に対する熱心さと焦りに繋がっているのですよ。
ことに熊本バンドの学生たちは、故郷で迫害を受けて来たわけですからね。人格形成期に虐待されたり極端な悪意に晒されると狭量になりがちなものです。頑なな態度も仕方ありません。
なんせ金森通倫は当時19歳、徳富猪一郎(蘇峰)に至っては14歳。
まだまだコドモなんですからねえ。ですから、

「他者を裁くなかれ」と食前の祈りを捧げたその口で他の学生ディスりまくるとか
行くところが無いのを無理言って受け入れてもらっといて校長排斥とか
世話になってる校長夫人の悪口言いまくるとか

社会常識ないの? ひょっとして頭悪いの? アスペなの?

いっぺん地獄を見てきたらどうなの?

などと非難したところで「それは自分にはあてはまらない」と固く信じてるのがガキという生物。
他人は自分よりもっと傷ついているかもとか他人に迷惑かけているかもとか実は自分は周囲からみたらかなりブザマなのかもとか、
そういう事は考えつかない、むしろ非常識な俺様カッコエエと思ってる恥ずかしい生物なんです。
でもって、そのガキになまじ学があると手に負えないという勉強バカの生き見本、それこそが熊本バンド。
バカに向かって「お前はバカだ」と教えてやったって無駄なんですよ無駄。
(え? 私怒ってませんよホントデスヨ)

だいたい、学問への情熱だの周囲の無理解だのほざいてるけど、実は襄先生は彼ら以上に絶望的な立場だったわけで。
なんたって鎖国→黒船来襲→攘夷の嵐の真っ只中。
そんな中で、国禁を侵し、二度と故国に帰れない覚悟で渡米するという、あの吉田松陰ですらできなかった離れ業をやってのけたのが新島襄なのだ。
おそらく渡米先でもさまざまな差別や理不尽にさらされただろう。
迫害だの焦りだの情熱だのと自己正当化したところで、襄先生の足元にも及ばないんじゃない、と私なんかは思うな。
不平不満言える時点でまだしも恵まれた環境じゃねえのかと。
(だから怒ってませんてばホントデスヨ)

さて、この流れで各地で起きている反乱士族による騒乱の描写は、実にうまくリンクしているように思う。
熊本バンドの学生たちの選民意識は、反乱士族たちの掲げる「武士の誇り」と共通の土壌にある。
「自分は優遇されるべき」という被害者意識だ。
そして、襄先生の学生たちに対する涙と、容保公の藩士たちに対する涙もまた、同じ思いから流れているのではないか。
「至らない自分」という心から。

不平士族たちの被害者意識は今さらどう変えようもなく、全部まとめて西郷どんが劫火の中に道連れにするしかなくなってしまっている。
でも、まだ若く未来ある学生たちは、これから心の飢えを満たして(性格の悪さをカバーして)前に歩いていくことができる。
だからこそ襄先生は、彼らの未熟な反抗を責めずに、己のふがいなさを責めたのだろう。
彼が体現するキリスト教精神こそが、どんな高度な知識よりもまず、彼らに必要な「教え」なのだろう。

最終的にはコミュ障バンド連中も「襄先生を守る会」に入会しちゃうわけで、中でも最右翼と化した(笑)徳富蘇峰などはのちに「キリストを経由して神に近づくと云ふよりも、新島先生を経由して、神に近づくと云ふ事であった」などと述べている。
襄先生の目指す「教育」とは、神に近づく心の教育の事なんだな。と、感じさせる回だった。

そして人間的にまだまだ未熟で頭でっかちな彼らを「困ったもんだ」といいつつ、彼らが必要とする部分をフォローし、面と向かって罵倒されてもカエルの面に水、な八重さんの対応も大人、というかおっ母さんだ。
まあ、国を家族を守るため、最新式のレバーアクションライフルぶっ放して敵将にヒットさせた女から見たら、
挫折して逃げてきたくせして「俺らの方が賢い!」「俺らをちやほやしろ!」みたいなガキの要求なんざ
鼻で笑って吹き飛ばす程度のもんだろう。

なにがスクールウォーズか、くやしかったら至近距離で敵撃ってみんかい。


ところでそんな生意気な学生たちへの視聴者の反応も、ガキくさい反抗へのお怒りより
むしろ「襄先生を泣かしやがって!ヽ(`Д´)ノ」的なものが多く、
どうやら前回、前々回と襄先生の真っ白ふかふかな白うさぎっぷりにアテられた視聴者までが揃って
「襄先生の笑顔を守る会」の同志になっておられるようだ。
大垣屋さんなんか新居の内容根堀り葉堀りで、なんだかすっかり「会ナンバースリー」みたいな顔してはるし。

いとめでたし。

かわええええ
襄先生を泣かせやがって ありがとう このやろう、みたいな意見もちらほらあった……。




さて、戊辰戦争に比べればライトだけど真剣なスクールウォーズ、西南の役の前フリ的山川様の苦悩、超カッコエエ西郷どんの次回予告。
後半怒涛のイベント展開だったにも関わらず、前半でわたくしの心をぐっとつかんで視聴後も離さなかったのは

ふかふかベッドに並んで女子高生みたいにキャッキャじゃれてる新島夫妻。

ねえ、だってベッドシーンですよベッドシーン!
前夫との清楚にして心に沁みるあの初夜回と引き比べ、なんですかこの癒しムードは!
初めて見るベッドでぽよんぽよん跳ねてる新妻に、「日本人離れしたあなたが理想♪」とか口説いてる夫。
いい年した大人がふたりで何をやっとる! 
けしからん!
つうか、あんなセミダブルくらいのベッドで横向いたらあの顔があるとか寝てらんねえよ普通!
なのに熟睡したあげく天使を床につき落とす八重さんハンパねえわ。

うさぎと同衾……ハアハア



さて、京都における学生運動やら宗教弾圧やらはさておき、おのおの方! 来週は「西南の役」ですぜ!
ひさびさの戦じゃああ! いやっほう!

みんな大好き寝ごかし佐川様が大活躍だよ!
ちっこい藤田も頑張るよ!
ヒロシもカッコイイよ!

まあたぶん西郷どんが全部持っていっちゃうだろうけど、最初からそのつもりの配役だしいいや。

「守る会」入会希望ノシ

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「八重の桜」第36回。
内容を総括すると、襄先生が悲しそうな顔をしたら、八重さんが腕まくりをし、覚馬がニヤリと策を練り、周囲はこぞって襄先生を助けてしまう、という事らしい。
今回はあの大垣屋までが一肌脱いじゃって桜吹雪を見せつける始末。

ふむ、同志社とは「襄先生の笑顔を守る会」らしい。

おそらく新島襄最大の才能は、周囲の人間に「襄先生を守らないといかん!」と思わせてしまうあたりではあるまいか。
そういえばオダギリが「襄を演じるうえでいちばん大切にしているのは"愛される人になること"」だと言っていた。
愛されてる! 愛されちゃってるよ!
きっと大垣屋だって「よっしゃこれで私もハグしてもらえるぅ」とか内心ウキウキしていたに違いあるまい。
でも丁寧なお辞儀だけで済まされてちょっとションボリとかそういう(笑)

そんな京都のアイドルへの道を着実に切り拓く襄先生に対する槇村大参事の掌返しには、実は裏の事情(寺島外務卿あたりの)が存在するようだが、そんな事は「守る会」には関係ない。
もはやお前は標的だ。
といわんばかりに、早速覚馬の策謀と八重の揚足取り攻撃に被弾する大参事。
ふふふ、選りによってあの幕末最凶の銃器マニア兄妹に喧嘩を売るとはマッキーも無謀な事よのう。

次回、熊本のクソガキ共が来襲するが、たぶんこの鉄壁の防御壁には歯が立つまい。つーかとっとと入会して最右翼入りするらしい。
さあ来いスクールウォーズ! 泣き虫先生じゃないけど生徒に詰め寄られて涙目先生なら刑務所の中の中学校で経験済みだぜ!


……というような愉快な気持ちにはなったのだが、どうにも今回、感想が書きにくくて困った。
なんだか自分の中で釈然としないものが残るのだ。先週までの天使祭りが雲散霧消していたので、ちょっと真面目に考察してみる。


「八重の桜」が始まってからこの方、いくらかの不満はあっても「面白くなかった」と思う回はなかった。
それはこれが歴史を扱うドラマとして非常に重厚で丁寧な作りだったからだ。
「会津編」では、ただ会津を描くだけではなく江戸や京での政争も見ごたえのある内容だった。日本という国が維新に向かわざるを得なかった(そのために会津が犠牲にならざるをえなかった)事情を、幕閣、宮中、討幕派などそれぞれの立場の人物や政治情勢を丁寧に追うことで、ドラマティックに描かれていた。
それが、「明治編」に変わってからどうも雰囲気が違う。

ぶっちゃけて言えば「朝ドラかこれ?」という雰囲気なのだ。

無論、血で血を洗う壮絶な幕末から、希望開ける明治へと時代が転換したことを、タイトルバックやBGM、コミカルな場面の挿入、登場人物の言動の変化で表しているのだろう。
しかし問題はそういう事ではない。

話のスケールが小さいのだ。
明治編になってからこっち、時代の俯瞰的な視点が失われている。
今のところ物語が八重の身の回りのドラマ、八重の心や周囲の人間の変化、女紅場や同志社周辺の動向しか描いていない。
ツイッターである方が呟いていらしたが、これではただの「細腕繁盛記」になりかねない、という不安がよぎる。

大河ドラマというのは、国を動かす人物(もしくはその周辺の人物)を中心に据えることで、その時代の政局、ひいては歴史の流れを描くドラマであって、要は国を動かしてなんぼのドラマなのだ。
「八重の桜」が山本(新島)八重を主人公にするにあたって、脚本家が苦労するだろうなと思ったのもその部分で、特に前半は地方の一武家の娘と国家の動向をどうリンクさせるのだろうかと心配していた。
しかし、幕末史的にそれなりに評価の高い兄・山本覚馬を副主人公に据えることで、京を中心とするさまざまな政局を描き、国の首脳部の動きと会津首脳部の動きをうまくまとめていて、感心したものだ。

しかし、戊辰戦争が終わって「京都篇」に移った現在、そのダイナミズムが突然トーンダウンしてしまった感がある。

首都機能が東京に移り、中央政府をダイレクトに描けなくなったから、というのは言い訳だろう。
むしろ、時代に取り残されつつある京都を舞台にすることで、新島襄と彼の創設した同志社大学が政財界から注目されるどんな価値があったのかが浮き彫りになるはずだ。
新島襄を支援したのは、なにも覚馬関係の政界人・財界人だけではない。
同志社大学を設立した際、新島を支援し寄付した面子たるや、ざっと挙げるだけでも、井上馨、大隈重信、渋沢栄一、原六郎、岩崎弥之助、大倉喜八郎、とそうそうたる顔ぶれだ。
勝海舟に至っては、福沢諭吉の慶応義塾設立の時は寄付を断ったにも関わらず、同志社設立には進んで寄付をしているくらいだ(笑)

つまり、それほどの意味が、当時の政財界にとってあったのであって、
……皆が皆、襄先生のハグ欲しさってわけではないと思うのよ(たぶん)

それほどの支援を得た新島襄の教育理論や同時代の教育政策などをきちんと描くことで、もっと深みのある時代描写ができると思うのだが……。
残り回数が少ないこともあるのだろうが、どうにも描写が浅い。
脚本家が変わったからだろうか? 来週はまた山本むつみ氏だというから、期待したい。

八重の夫になったから新島襄を描く、のではなく、幕末から明治という時代の流れの中で、国にとって襄の打ち出す「教育」がどのような意味を持ったのか、を描いて欲しいなあと切に願う。


それはさておき。

今回の取り上げ所としては普通、八重のウェディングドレス&襄先生の(肩幅ぴったり)フロックコートなのだろうが、
自分が印象に残ったのはむしろ、「この会津もんが!」と罵られても、キリッと笑みさえ浮かべながら「会津者は大人しく恭順などしねえのです。お忘れですか?」と言い返す八重さんの瞳の強さ。
そして、そんな彼女を「彼女は美しい行動をする人( but waht i know of her is that she is a person who does handsome.)」と評する襄先生の確信的な瞳。
彼らの信念がゆらぐ事はこの先ないだろうと思わせる、とても良いシーンだ。

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足払いかけてぶっ殺そうとする代わりに、自信をもって微笑む八重さん。
不平士族をまとめてひきとっておいが人身御供になるでごわんす! な西郷どん。
戦に負けた会津の人間は前を向いて進んでるのに、勝った側の薩摩は過去を持てあましている。
その対比も面白い。



そんなこんなで、どうにもせっかくの嬉しはずかしブライダルの感動が薄くて、さっぱり絵にならんかったよ……

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必死でM3BATフォーマルウェアをM4に着せた努力が……(´Д⊂ヽ

案の襄の天使祭り

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微妙に朝ドラ化している「八重の桜」第35回(笑)

丸ごとひっくるめて愛しちゃう襄先生に、前夫ファンまでが好意的でふわふわと舞い上がった心地でござるが、その前に!
その前にひとことだけ言わせて!

殿が……容保様が笑ったあああああ!。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。

第一回放送の小さい八重さんとの出会いで、西郷様の「しっぺいの刑」に微笑んでからこの方一度たりとも笑うことのなかった(役者本人が言ってるんだから間違いない)容保様が、戊辰戦争の辛く苦しい日々を経て、ようやく……

斎藤一改め山口次郎改め一瀬伝八改め藤田五郎(長い)と時尾さんの結婚式。
前回飛ばされたと思ったが、なるほど回想シーンでじっくりやってくれる腹だったのかえらいNHK!
昔、斎藤一の事を調べていた時、彼の再婚(再婚なんだからね!)の媒酌人が容保様だったと知って、なんだってこんな、言ってはなんだが会津者でもない下っ端の上仲人を大殿が? と魂消た。

しかし、こうして大河ドラマで半年以上をかけてじっくり会津戦争の流れを追っていくと、会津の者ではない人間が最後まで会津に忠誠を尽くしてくれた、その事が、同じように会津の人間ではないのに会津を背負った殿にとって、どれほど有難く、自身を肯定してくれるものだったかと思い当たる。
そう考えると、容保様にとっての会津戦争後とは、藩士のみならず、会津に尽くしてくれたすべての人間に償わずにおれない贖罪の人生だったのだろう。
容保様が、万感の思いをこめて新郎新婦を寿ぐこのシーンは、長かった会津戦争を京都守護職時代から丹念に追ってきた「八重の桜」ならではの名シーンだ。
容保様スキーとしては、もう、言うことはない。この殿の微笑でもう終わってくれても(待てい!)


(全然ひとことで済んでないあたり)
(こ、ここからが本題だから)



「ようやくひとつ報いることができた」と呟く大殿。
そして、尚之助の死の報に、
「何ひとつ報いることができなかった」と嘆く覚馬。

あの戦争を生き抜いた者たちにとって、生きる事とは償う事であったのだろう。

戦で傷ついた八重の苦しみとは、もちろん父や弟、幼馴染や親しい人を亡くし、国を失い、今また夫を喪った傷だろう。
だが、自分は「戦で人を殺してしまった」事も彼女を傷つけているのではないかと思う。殺さなければ殺される状況であっても人を殺すという行為は己を苛む。そしてそうまでしても結局、大切な家族や友人たちを救えず、己だけが生き延びてしまった罪悪感。
八重の苦しみは、ひいては大殿の、覚馬の、戦に関わったすべての人間と同じ
「大切な者を救えなかった己は加害者である」
という苦しみではないだろうか。

だからこそ覚馬は「八重の傷は八重自身にしか癒せない」と言ったのだと思う。

前夫の死に心閉ざされた八重。義弟を救えなかった自責にかられる覚馬。人斬り時代を回想する藤田五郎。
それぞれに傷ついた会津関係者を前に、明るく前向きな新時代の象徴として登場した新島襄は八面六臂の大活躍だ。

あの藤田と出会ったその日に超うちとけて、嫁も驚く笑い声を引き出す奇跡を起こし(まあ、他人とは思えないよねと「組!」ファンは思う・笑)
義弟尚之助を会津に引き込み、死に至らせた己を責める覚馬には、
「死を目前にした人の字とは思えない力強さだ」
と、意外な切り口で、それが尚之助自身が選んだ道であり、彼が意思をまっとうしたであろう事を示唆する。
着々と癒し任務を遂行し、そして本命の八重(@求婚進行中)。

「三郎さんや会津の大切な人たちが亡くなったことを、あなたがしっかりと受け入れなければ
亡くなった人たちはやすらかに眠れません。あなたの心の中の戦も終わりません」

弟が亡くなった地でピクニックってのもどうよと思うし、亡くなった人たちの声をきこうと岩に耳を寄せたり、若干言動は電波(汗)だが、人の生と死に対するスタンスは正しい。
大地に手を置いた八重さんの、絶望から希望へと変わっていく表情の変化も見事なら、それをじっと見守る襄の、ふわっとほころぶ笑顔がなんとも嬉しそうで。いやはや天使呼ばわりされる男の本領発揮だ。

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つい先日まで「新島帰国すんな!」とか言ってた尚之助ファンをも「新島襄いい人~」とあっさり篭絡するその笑顔。
勢いあまって前夫死亡回に再プロポーズまでしちゃっても怒られないメンタリティ。
「私は川崎さんに喜んでいただけるような夫婦になりたいのです」
そう来ましたか。五代くんですねクウガの五代じゃなくて「めぞん一刻」の五代ですね。
そのためにわざわざ間をおかず同回での再求婚でしたか。
すごいわ、脚本と役者の力技を見たわ。

そんな視聴者からの好感度急上昇中の襄先生を冷たくあしらい、約束を反故にした槇村府知事。
返す刀で覚馬を「会津者」と蔑む本音を見せて、今回見事に「鴨川投げ入れ」候補に成り下がった。
なかなか良い感じで黒い面見せてくれて、慶喜公亡き後(死んでない)視聴者をムカつかせるポジションをゲット。

いずれ暗黒卿と化した兄が府議会議長となって立ちはだかるから今にみておれ。



そして描かずにおれなかった「組!」ファン狂喜乱舞まさかのダブル斎藤共演(違)ツイッターで拾ったネタ

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いがさんのツイートから