Poizon of rose

蜜×毒なイラストとかOJとか

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ジョーと襄

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ルパン三世実写化ですとな。
しかもルパン三世=小栗旬、次元大介=玉山鉄二、石川五ェ門=綾野剛、峰不二子=黒木メイサとな!
なんですかそれなんてチーム八重の桜?(笑)
ひょっとして大河メンバーから優先キャスティングとかいう事ですか?
そういう事ならひとりここにいて当然の人物が抜けてませんかね?
ルパンでも次元でも五エ衛門でもいけるんだけど。何ならのこり二役もできなくはないんだけど(と一部地域では言われておる)

本人そのためにモミアゲ剃らなかったほど熱望してたんですけどーーー!

Boo! Boo! Boo!ヾ(`ε´)ノヾ(`ε´)ノヾ(`ε´)ノヾ(`ε´)ノ

まあ、どんだけ練られたキャスティングであっても視聴者からの不満は出てくるもんだ。
何しろその役者がその役のイメージにはまっているかどうかってのは、個人的な主観でのみ評価されるので、万人が納得する配役というのはほぼ不可能だろう。

その点、「八重の桜」は、かなり大多数の人が納得できる、秀逸なキャスティングが目立った作品だといえよう(←強引なw)
個人的には容保公、慶喜公あたりはもはや他の俳優は想定できないくらいの見事なマッチングだったと思う。
西郷どんや槇村元知事なんかも、嵌るというのはちょっと違うがインパクトを上手く使った成功例だろう。
我らが新島襄先生をオダギリジョーがというのも、「駄ジャレかよ!」という突っ込みは措いて、結果的にはこれまで視聴者の視界エリアになかった新島襄という人物を、強烈に印象づけた上手い配役だった。

実はオダギリは自分なりに新島襄という人物を調べ、役作りをしていたのだが、演出だかプロデューサーだかの意向で路線を変更し、あの白くて天使でふわふわの襄先生になったらしい。
まあ、その辺はストーリー全体のバランス等、さまざまな事情を斟酌した上での人物像なのだろうし、優しくて紳士的でフェミニンな襄先生はとても愛らしかったので不満はないが。
その一方で、新島襄を「情熱的で信念に向かって突き進む反面、思いが強すぎて不器用」と評していたオダギリが、本来想定していた襄先生はどんな人物だったんだろう、という興味も捨てられずにいた。
もしも、オダギリが想定していた襄先生と制作が打ち出した襄先生、微妙に異なるであろう人物像が重なる事があるとしたら、それは襄先生が最期を迎える時期だろうと期待していた。

そして、死と直面した今回、期待どおりの「新島襄」の姿を見られた気がするのだ。

今回は「新島襄とはどういう人物だったか」を集中的に叩き込んできたいわば襄回で、当然最初から最後まで襄先生祭りなわけだが、単純にうかれるにはひとつひとつのエピソードが辛すぎてなあ(´Д⊂ヽ

何しろ襄先生目に見えてやつれてるわけですよ。
ニコニコしてても、大学設立を必死に説いてても、中心部に生気がない。
顔色がなくて生気がなくて、ああもうこれはほんとうに長くないんだというのが目に見える、そこはもう、死と向き合う人間を演じる役者オダギリジョーの役作りの凄さだろう。

ことに今回のクライマックスである寝室での慟哭シーン。
命がけで進めてきた大学設立の悲願が、あと一歩で成就するところまで来ているのに、自分の命が間に合わない。夢の成就を見ることがかなわないという、絶望を、憤りを、本音を吐露した激しい演技は見ごたえのあるものだった。
何度か書いたと思うが、激しい感情爆発はオダギリの本領ともいえる分野だ。
傷つくジョーは何より美しい。だが、今度ばかりは美しすぎてニヤニヤできなかったよさすがのワシも^^;


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そんな襄先生に対する「大学なんかいらねえ! 襄の命が削られるくらいなら、大学なんかできなくていい」
という八重さんの言葉は
「初めて八重さんが妻として夫をどう思っているか感じられた」
「この期におよんでなぜ襄先生の人生を否定するような事を」
と、賛否両論だったようだ。

自分はここで描かれたのは、女性と男性の考え方の違いなんじゃないかと思う。
命をかけた事業よりもあなたの命の方が大切だ、というのは、実に女性的な、言い換えれば「母親」の言葉だ。これは本来、母親である新島とみが云うべき言葉だが、病に臥している母に代わって八重さんが担ったのだろう。
それに対して「お前のやって来たことは間違っていない、その仕事はかならず受け継がれる」と云えるのは男性的な思考であり、その役は前回の父・新島民治と(おそらく)山本覚馬が、そして徳富蘇峰ら教え子たちが担っている。

そのへんを踏まえたうえで、自分が若干残念に思ったのは、八重という人物がただの女ではないという前提があるんだから、ここはひとつ常識はずれに、男性的な反応をして欲しかったと。
八重さんが襄先生の夢よりも命を、と叫んだのは妻として女性として当然だ。
だが、その言葉によって、唯一すがれる存在だった八重さんもまた襄先生が「思いやり、守らねばならない存在」になってしまったことがちょっとばかり残念だったのだ。
余命告知のシーンで、自分の死よりも八重さんを思いやって抱きしめる聖人描写があっただけに、ここでは本音を吐露した襄先生にハンサム・ウーマン八重さんらしく、本音をぐっとこらえて、「同志」として支えて欲しかったなあと。

いや、でもそこで「いかん、八重さんが傷ついている」と我に返ってしまった襄先生の「一粒の麦が死ななかったら世に実りは訪れないのだから!(意訳)」という言葉をきいて、
これまた我に返った八重さんが「これは襄の戦いだった」と同志として受け止めたわけだから、やっぱり彼女はハンサム・ウーマンだったとは思う。
夫婦して本当のところをぶつけあった上で、やはり「一緒に戦おう」と再確認した新島夫婦、という図なのだろう。
そうして覚悟を決めて、もはや戻らぬ我が家を後にして旅立つラスト、門を出る寸前に泣きそうな笑顔で振り返る襄先生。
ああ、これで終わるんだな、と胸がしめつけられる。
もうね、もうワシらにとっては来週が最終回なんじゃー!(オイ)

もはやこの期に及んで、明治編の割合が短すぎとか八重視点だから話が狭いとか新政府が伊藤ひとり舞台だとか井上空気だとか、そんなどーでもいい不満をあげつらう者は去るべし!(つーか長州贔屓は再来年まで黙っとれ)
もう襄先生の行く末を見るだけでいいじゃないか!

あ、とはいえ、ひとつだけ云いたい。
せっかく大隈さんが募金集会をお膳立てしてくれた中、襄先生の命をかけた「お前ら寄付しやがれ」演説のあの超絶ショボさは何事だ!
そこだろ? そこが大事なんだろ!
「国民之友」の寄稿文、あれをそのまま読むだけでいいんだからさ!
そこで手を抜くなよー! 説得力なくなるだろー!

嗚呼已牟哉(やんぬるかな)! 我いまだ新島君の本領を見る能わず!(号泣)

これに限らずですな、襄先生の苦労と活躍があまり描かれていなかったせいで、「まだ死ぬわけにはいかない!」という苦悩が若干薄いのは確かなんでございますよ。
積み重ねの薄さをカバーできる最後のチャンスだったのに!
今までかなり無理してでも脚本をかばってきたが(笑)さすがに文句言いたいぞ。

いやいや、でもね、ひしひしと悲劇が迫りくる緊張感の中で、夫婦でほんわか射的で遊ぶシーンは良かった(泣けるけど)
八重さんの「よし、命中」が笑ってきける時代になったんだな(と、時代の変化にしんみりして)
無邪気に負けん気発揮する襄先生がもう可愛くて可愛くて(いっそ胸がつまるけど)
「ふたりだけでゆっくりと過ごすのはいいものですね」にああもうこの夫婦がふたりきりの時はないのかとウッときたりとかもうね、

もう何やっても涙目になる視聴者を、唯一救ってくれたマッキーありがとう(´;ω;`)

本気で悔しかったらしい
射的で負けて白目になってる襄先生にもかなり救われたけどね

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青春て恥ずかしいw

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山本兄「これだから明治生まれは!ヽ(`Д´)ノ」
……というのがおおかたの感想であろうと思うが(笑)

実は、前回の「不義の噂」と今回の「駆け落ち」が二話連続している点が気になった。
これが単に山本家に起きた不祥事だと思えば、「何がうれしゅうてどうでもいい一家族の不道徳を長々と見せられねばならんのだ。それより覚馬や襄の文化的貢献を詳しくやらんかい!」
という不平不満になるわけで、まあ自分もそう思いかけたんだけど(笑)、
ひょっとするとあえて、ここで近代日本というものを象徴的に描いたのではないか? という視点もありかと。

まず、今回とりわけ印象的だった徳冨蘆花の存在だ。

出来の良い兄貴にコンプレックス抱きまくり、未熟な自分を口先の理想論で飾り、目の前の色欲に突っ走りたくてはちきれそうだけどヘタレだからこれまた口先だけ、優柔不断を責められると逆ギレしてしかも逃げ出すという、もうヘタレ街道まっしぐらのダメ男。
典型的な戦後世代だ。
戊辰の生き残りとして臥薪嘗胆して教育界のトップにまで上り詰めた山川健次郎博士はもとより、戦後の困窮した時代に必死で勉学に励んだ兄・蘇峰の世代にも及びもつかぬ未熟者だ。

前回のキング・オブ・クズ男青木といい、今回の蘆花といい、維新前にはいなかったこういうタイプの人間こそが、まさしくこの明治時代の若者の象徴なのである。
いわゆる「近代的自我」の芽生えというヤツだ。

近代的自我とは何なのかというと、つまりデカルトの「我思う、ゆえに我あり」という個人の自覚のことだ。
……ひらたくいうなら「自分は何者なのか?」というアレだ。
もっと平たくいえば「自分探し()」だ。

明治時代の日本が(というか政府が)目指した西洋近代社会の根本にはこの「近代的自我」があって、それまで封建社会だった日本は、西洋に追いつくために急進的にこの近代的自我を取り入れなければならなかった。
「自分は何者で、他人とはどう違うのか」
現代人にとってはごく当然の、自分を主体として考える、という観念が発生したのがこの時代で、それは新しい思考法だったのだ。

維新前後の若者はみな、どんなに身勝手でめちゃくちゃな言動を取っていようとも(松蔭先生とか松蔭先生とか松蔭先生とか)、それはすべからく「国のため」「藩のため」もしくは「(失われた)武士階級のため」だった。
そういえば、第一回めだったかで容保様の言葉に感激したちび八重ちゃんが「私もいつか殿様のお役に立ちてえ!」と叫んでいただろう。
あれが江戸の人間の言葉だ。ちびっこであっても自分を「社会の一機能」として認識する、いわば大人だったのだ。

だが、明治になって生まれた若者たちの行動原理はまったく違う。
蘆花の「書かんと自分じゃおられん。食べるために小説ば書いとるんじゃなか。小説ば書くために食べると!」
という主張が、まさしくそれだ。
いいセリフだよな。うん、クリエイティブな仕事に関わる人間なら誰もが一度は思ってるよな。
でも、よく考えるとものすごく身勝手な言葉でもある(つーか恥ずかしいわ!)
そう、彼らの行動原理は「自分のため」なのだ。

蘆花や青木、あるいは久栄もそうだが、彼ら新時代の若者の言動は、ガキが「自分が自分が」とわめいて大人に迷惑をかけている図、なわけよ。
そりゃもう、八重さんや健次郎博士みたいに戊辰を生き抜いた大人からすれば、
「自分探ししとる間に他国が攻めてきて親兄弟が殺されたらどないすんじゃ!」みたいなもんですよ。

蘆花がめざす小説家という職業も、それが職業として世間には認められていない時代。
そもそも小説というものからして認められていない。
このブログを読んでくれる人の中にピチピチの若者はあまりいないと思うが(笑)、実際自分が子供の頃までそういう風潮は存在していて、「小説なんて遊びでしょ。もっとためになる本を読みなさい」みたいな事をいわれたもんだ。
そう、だから「小説ば書きたい」という蘆花の主張は、ふた昔前くらいに「オレはロックンローラーになる!」「マンガで時代を変えてみせるぜ!」などと夢みたいな未来像を吹かして挫折を繰り返して気づけば三十路超えてもニートかフリーターとかいう、まさしくアレ。

もちろんそれが良いとか悪いとかいうのはまた別の話で。
むしろ、結果としてそこから「小説」「ロック」「マンガ」「アニメ」といった新しい文化が生まれ育っているのだから悪い事ではないだろう。
ただし、社会としての成熟度でいえば、江戸時代に遠くおよばないことは明らかだ。

社会の中で個人が「自分はなんなのか」とか問いだすと、相応の教養と才能と常識を持った人間で無い限り、行き着くところはDQNにしかならないと思うのだが、四民平等とか自由とかいう盾を手にしたとたん、「我もわれも」と飛びついてくるんである。教養も才能も常識も持たない人間が。
誰もが「自分は特別だ」と主張し、誰もが「他人と比べて自分は」と不満を持つ。それが新時代。
逆に、個人の好き勝手は考慮されず、身分の固定された封建社会では、個性などというものは害悪扱いされる。しかし固定された枠の内で人々は十全に機能を果たし、社会は安定していたのだ。

「明治生まれか」という覚馬のセリフは、べつに「このゆとり世代があ!」という憤懣ではなく(笑)
どれだけ開明派としてはじけていようとも、結局は藩士として身分の確定していた自分の時代とは違い、自由である事とひきかえに、将来的な保証が何も無い、己の才覚ひとつで野垂れ死にと背中合わせの若者の不安を慮って言ったものだと思われる。

そう思ってみると、前回の「不倫疑惑」も同じようなアプローチで描かれていたように見えてくる。
自分は前回の感想で、時栄さんの積もり積もった(であろう)不満とは、山本家の人々へのコンプレックスではなかったか、と推理していたのだが、それは言い換えれば、近代的(女性の)自我の芽生えを描いたものではなかったかと。
つい最近まで、女性が男性と同じように学び、社会的地位を持って活動するなどありえない話だったわけで、そんな中、特殊例とはいえ男性と同様に戦い、学んでいきいき働く八重さんや高学歴な娘たちを見て「なぜ自分は」と思わずにいられなかったのではないだろうか。

明治中期という、時代と時代のはざまで、日本という国がきしむようしてに育っていく成長過程(@厨二病期)がここで読み取れる。
前回は「明治の女性」、今回は「明治の若者」と、いずれも新時代における自我というものの転換点を描くために、山本家で起きた事件の流れに沿って、同じテーマの二作が並べられたのではないだろうか。
というか、そうでも思わないと、ただでも尺が足りない中でことさらこの二話を取り上げた理由がよくわからん。

そして、もしそうだとしたら、髷を落とさず、最期まで江戸の名残をまとっていた新島父の死は、ある意味これも象徴だ。
「子は思うようにはならん」といい、それでいて結果的に新しい世界を持ち帰った息子を認め、励ます父親。
出番は少なかったが、新島民治の最期は、「江戸」という日本の前時代が、さまざまな齟齬や確執をかかえつつも未来に向かって進んでいく「明治」に国の舵取りを明け渡した姿、成熟した大人文化から、未熟ではあるが新進性に富んだ若い文化への移譲を表しているのかもしれない。


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……とかなんとかそんな切り口でとりあえず脚本擁護してみたりしたんだけどー、次回予告の
「主はなぜ時を与えてくださらないのか!」と慟哭する襄先生を見た瞬間、
「ロクデナシ明治生まれの厨二病取り上げるくらいだったら先週今週すっ飛ばして大学設立話を三回にわけても良かったのにいいい!」
とか掌返しな黒い憤怒が湧き出でて、しかも次の瞬間にはそれすらどこかに吹き飛んでいった槇村のハゲ恐るべし!



ちなみ豪腕元知事のヘアスタイルはほぼ史実らしいですよ。

髭は正義(そこかよ)

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襄先生、1年8ヶ月ぶりの帰国!
前回の予告で期待に胸ふくらませていた、ファンの期待に応えるひげもじゃぶりで!
ふおおおおお!
あれはヴァンダイク髭という形かな? いやあ似合いますねえ。
メガネとか髭とか、顔につけるアクセントというのは顔選ぶんだよね。ある程度彫が深くて端正でないと、平たい顔だと微妙に平たさが目立っちゃうのよね。
髭が似合ってこそイケメン! 髭が似合う顔は髭がなくてもイケメン!
さらにオールバックも顔を選ぶ。平たい顔だと以下略。
今回はもう、オールバックに髭に帽子&コートという三点セットの襄先生を見ただけでおなかいっぱい!
その上背景はちらつく雪景色。
なんという美しさだ、至福だ! ここは天国か!

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おまけに帰ってくるなりほんわかムードの新島夫妻。
お土産のショールを手にそーっと八重さんの背後から近づくいたずらっ子みたいな襄先生、
だめだよー、その人の背後に立ったら撃たれちゃうよー(笑)
なんてほかほかしてたら、「痩せたんでねえか、胸は苦しくないか」と案じる八重さんに
「さすけねえ(照)」
うおおおお、可愛いー可愛いーかわいいよー!
やめれー視聴者を萌え殺す気かー!
そういえば前夫の時もこんなやりとりがあった気がする! 八重さんの夫になる男は会津弁を落とし文句にする決まりでもあるのか(笑)
あー、可愛かったー!

そういえば襄先生がお菓子盗み食いしちゃったエピソードも、妻と両親の会話でとはいえ入れてくれてた。
ほんに可愛いなあ。

そんなわけで、襄先生帰国回の感想終了。
ちょっと短いけど今回はこれでおしまい!♪










……てなわけには、いかないよな……ハア~。
しょーがねえ、ちょっと触れるか(ものすごいやる気なさ)



そんな、温かい部屋でソファに寄り添って仲むつまじい新島夫妻の姿と対照的に、どーんと、ずーんと、冬の京の底冷えを感じさせる山本夫妻。

いやあしかし、何だかんだいってみんな昼ドラ好きなのね?
タイムラインも掲示板もこれまでにない盛り上がりようで、いったい何が起きたのかと目を疑ったくらいだよ。
まあ賑わってる内容の大半は「つまるところヤッたんかヤッてないんか」という非常にむくつけでお下品な内容なんだが(笑)

ドラマにおいては肉体関係はなかった、という描かれ方のようだ。
もちろんそのへんを匂わす演出やセリフはあるものの、もしそういう関係だったら、あの時栄さんが、堂々とふたりで縁日に行ったり、青木の学業だけは続けさせてくれと頼むなんてことはなかったと思う。時栄さんの性格設定からいって。
ただ、31歳の女盛りが18歳の男に言い寄られて悪い気はしなかっただろうし、付け込まれる隙があったのは否定できないし、結果的に同志社の評判が落ち、旦那が辞職する羽目になった以上、自分がいなくなるしかないと決めたのだろう。
だからこそ彼女は何の言い訳もしなかった。

……というまさにNHK的美しき解釈。

そのぶん割をくったのが、オリキャラに近い描かれ方の青木で。
無理矢理頼み込んで覚馬の世話になり、同志社入学の面倒まで見てもらいながら、恩人の嫁に手を出して責められれば逆ギレして「あんたが悪い!」となじり、それでも温情で大阪にやられたのに欲望に走ってストーカー、拒否されるとまた逆ギレして「お前が誘ったんだろうが(ry」

なんすかこのケダモノは。クズですか? クズですね。


みたいな。
ちょっと、気の毒になってきたくらいだ(笑)

あと、微妙に納得いかなかったのが「神様に見抜かれた」隠し事というあたりだな。
あれ、視聴者の8割くらいが「やっぱヤッてたんかい!」と内心つっこんだだろうと思うんだが。
あにはからんや、寡黙な時栄さんの隠された本心は「前妻への嫉妬」。
確かに盲目の覚馬が祝言のうらさんを思い出すシーンや、赤い櫛のくだりなどの布石はあった。
あったが、なんとなーく釈然としない。
女性としてそこはなんかキレイごとすぎるだろーと思わずにいられないんだな(笑)

むしろ、自分は時栄さんが時たまみせる無表情な演技を、「疎外感」だと思っていた。
なにしろ夫はもとより小姑も小姑旦那も超ハイスペックで、英語はペラペラ話す、政財界に顔がきく、事業に忙しく飛び回り、日常会話に飛び交う政治経済教育論。年老いた姑さえ舎監として外で働くスキルがあり、娘であるみねや久栄も女学校で学んでいて、全員スキルが高い。高すぎる。
ただの郷士の娘として育ち、嫁いでからは家の中だけで過ごした時栄さんは、もともと銃を構えて外敵を追っ払うほどの気概を持った女性であるにも関わらず、自分ひとり蚊帳の外、な気持ちだったのではないのかと。
家族の高度な話題についていけず、居場所がない思いが積もっていたのではないか。
だからこそ、同じように周囲についていけない劣等感や、隠された不満を持つ青木に対して、強い共感が存在したのではないのかと思っていたのだ。先週の時点で。
ちょっと読みがはずれたな。

しかし、なんか巷では「八重が口出す話じゃねえ」とか評判悪いんだけど、むしろ今回ケッペキな八重さん的には一番苦手な色恋沙汰で、おまけに大事な大事な襄先生の大学設立にまで支障をきたしているときたら「守る会」会長としては放っておけるわけがない。
「ぶっちゃけ噂が真実だろうが嘘だろうがどーでもいいからこいつら重ねて四ツで良くね?」
とか思いかけたけど、襄先生から「心を広く持って周囲と仲良くしてね♪」という手紙を貰った(らしい)手前
ぐっとこらえて、これまでの経験上「強い言葉を出したらいかん」「銃で解決しちゃいかん」と、両手をついて「自分の目の前から消えてくれ」とお願いしたのではと。
おまけに久栄が母親を恨まないために悪役を買って出るとか、なんか青木に引き続き気の毒でならない。

徳富蘆花大センセイの原作によれば、
「妻の体調が悪くて医者にみてもらったら懐妊していてしかも旦那が身にに覚えがない→不倫露見」
みたいな身も蓋もない筋書きなので、いっそのこと、この昼メロ作家様の筋書き通りにしちゃえば良かったのにー。
NHKだからって遠慮することはないのよ、昨年なんか義理親子の近親エロどころかホモ強姦までやってたじゃないの。(*´・ω・)(・ω・`*)ネー


あのー、ところで、あまり話題になってないみたいなんだけど、不倫疑惑からの資金繰りのくだりで、さりげなく「伝道と大学設立の境界線をあいまいにして寄付集めちゃったテヘ」みたいな告白してる人がいたんだけど……。
それって若干詐欺じゃないんですかねえ?(汗)

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思い起こせば「薩長の金使って勉強しまくればいいじゃん」と捨松さんをそそのかしたりとか、マッキーとの「聖書を教えない約束じゃー!」「あ、コレ英語の教科書なんでw」攻防とか、わりかし黒い部分を(無自覚に)発露する事が多々あるような……。
信仰に関しては真摯だし、教育熱心だし、家族愛は豊かすぎるくらいだし、他者にたいしても寛容だし、文句なしの聖人なんだけど、事業(=金)に関してはわりとドライなとこがちらりほらりとある人だよね。
やはり青年期を欧米で過ごした人ならではの、西洋的ものの考え方なんだろうか?

あ、でも目的のためには手段を選ばないって、宗教的には当然の姿勢か?(笑)

襄のライフはアレ

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あの瞬間、ほとんどの視聴者が本能的に叫んだであろう
「……ゼロよ!」と!

いいえ! いいえ、こりは史実なんですよ!
「襄のライフは私のライフでありそれは又同志社のライフであると思ふ」
ってのは史実の八重さんが、往年を回顧して実際に言った言葉で!
うーむシリアスな史実をシリアスな場面で使ってなぜか笑かしてくれる「八重の桜」おそるべし。


っていうかね! 今夜が峠の重病人を布団もかけずに転がしておくとか! しかも服着たまま! ネクタイくらい外してやれよ! スイス人は鬼か!
……と、思いましたです。
べ、別に寝巻き姿で乱れる方がよかったとか、せめてシャツのボタンは外してはだけてくれとか、
そんなやましい心で言ってるんじゃないからね!ヽ(`Д´;)ノ

てなわけで、のっけから死にかけてる襄先生。
唐突な展開で、さぞ視聴者はびっくりしたり心配したりであったろう。とりあえず襄先生がここでは死なない事は知ってたオノレはふてぶてしく
「襄先生、峠で変なオカマにキスされただろう」とか思ってたごめん。

閑話休題

話が半年遡って、おそらくドラマ始まって以来の激おこぷんぷん丸な襄先生登場。
私立学校が兵役免除対象からはずされたため退学者が続出とかで、ぷんぷんしてても可愛い襄先生。
そんなところに、なつかしの広沢様が入学希望者連れてキター!
というより、不倫相手キター!(笑)

うおお、なんという肉食系! と思ったらマヨネーズじゃないか!
ウィザードほとんど見てなかったけどこの濃い顔は覚えているぞ! ファントムのかわりに人妻喰うとか相変わらずだな!
マヨネーズの存在感が強すぎて、そんでもって時栄さんの口にも表情にも出さないエロス放射が凄すぎて、何じゃこの昼ドラ状態。
いや「清盛」でも凄かったですけどねえ。
うん、鳥羽上皇のドロドロエロ展開に比べれば、着物をはだけることもなく、そこはかとなく上品なエロス。
ただ汗を拭くだけで濃厚にソレなアレを感じさせる女優さん凄いねえ。

……ていうか広沢様、こいつ連れてくるためだけの登場かい……(´Д⊂ヽ

さて、学校経営が難しくなった襄先生、資金集めの外遊へと旅立つことに。
憎っったらしいけども、山縣・伊藤のいう「富国のためにはまず強兵」、外敵から国を守らずして列強に並ぶことはできないというのは正論で。
このへん、「八重の桜」は公平な描写をしていると思う。まあガタと俊輔が憎ったらしい面つきなのはご愛嬌(笑)
官立とは異なる自主独立を謳っておきながら、こんな時だけ同列を臨むのは虫が良すぎ、ってのも、強者の弱者への嫌がらせなどではなく、徴兵の不備に苦慮している政府からしたら「無い袖はふれねえ!」的な拒絶だろうし。
だからここでは「守る会」は発動せず。じゃあどうしようかというと、襄先生が自分で何とかすると。
まあ、何しろかつて徒手空拳の身で5000ドルの寄付を集めた実績の持ち主ですからな!
つーかこの先のネタバレなので詳しい言及は避けるが、襄先生今回死に掛けてヨレヨレだったけど、最終的にはとんでもない額の寄付を取り付けて帰ってくる。
国内での半端ない人脈作りといい、なんかもう、彼は別の方面の才能を伸ばしたらとてつもない億万長者になれたんじゃないだろうかw

さて、渡欧を前にして、修学旅行前日のオカンと息子。
「塗り薬は持ちましたか?」
「いま! いま入れました!(ココ、ココ)」
「長い手紙はいりません」
「では、ひとことだけにしましょう」
「……もうふたことみこと、書いてくれてもいいけんじょ……」
ツンデレ八重さんと、「うちのヨメ可愛い」みたいな顔でニコニコしてる襄先生がきゃわゆいいい。
しかもマンガみたいにダダダダーッと駆け去ってダダダダーッと戻ったら鞄かかえてて、
「やっぱり私も行きます!」
ってなにこの夫婦もうかわゆうてかわゆうて……ごろごろ転がっちゃったよー!
ハアハア……。

……で、話が死にかけの襄先生に戻るわけだ。
なにこの落差(汗)
うーん。この倒叙形式はどうなんかなー。
ほのぼの夫婦コメディから急転直下てのもアレだし、あまり有名でない史実に対して「その半年前」的な構成はわかりづらいんじゃないのかねえ。

それはともかく、ちゃんと心臓の薬を入れたはずなのに狭心症の発作で瀕死の襄先生、必死で鞄を開けるものの、転がり落ちる薬(たぶん)を拾うこともできず。
手を伸ばしたまま、死を覚悟した襄先生の表情が!
ああああもう可愛いすぎてー!(鬼)
「もう会えないのか」と流れる涙にうっとりするとかすいません鬼畜ですいません。

だがしかし今一度言わせてもらうが
傷むジョーほど美味なものはこの世にござらぬ!

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そんでもってここぞとばかりに
「立つんだジョー!……なんちゃってー」とか
「いやでも電気ショックすればライジングになれるから!」とか
すいませんすいません、だが反省も後悔もしない! これがオダギリファンの真の姿だ!(オイ)


さて、死にかけた襄先生のちょっと早とちりな遺書が届いてしまってパニクる山本・新島家。
事件は海外で起きている! ってんで安楽椅子探偵の山本兄が推理を開陳する後ろで、新島父がいい味だしてたなー。
息子のことが心配で心配で、でも英語がわからない自分にはどうしようもなく、こわばった表情で山本兄の解説をきいてはじめて安堵する。
思えば、ご禁制にそむいて脱国して消息不明、戻ってきてみれば宣教師になってて洋館に住んで妻に「ジョー」とか呼ばせてるような、正直いまならDQN呼ばわりされかねないくらいぶっとんだ息子を受け入れた父・民治。
「わしらも異人みたくノックしなきゃな!」なーんてハイカラな若夫婦に寄り添いつつも、やはり息子のことを案じている、明治男の心情がしみじみと伝わる。

そんでもってその義父の前で手紙を握り締めて決意する八重さん。
命を削って闘う襄先生の遺書に、自らも戦闘モード。
旦那に大殿に書生に大隈公と、並み居るライダーズをおしのけて、敵(外国人教師)の前に立ちはだかるその姿は、銃はなくともやはり一条さんポジション。
闘う八重さんカッコイイ!

ただ、正直言うと、ここで八重さんが「学校は襄のものだ」と主張するのは、今さらそこか? という感じではあった。
校長の妻ならそんな建前のウラの問題だということくらい弁えていてしかるべきではないのか。

実をいえばこの時、外国人教師が八重さん側と対立した直接原因は、八重さんたちが女生徒たちに会津の武家教育や小笠原礼法を教えたことらしい。
そもそもアメリカン・ボードは日本人教育じゃなくて布教が目的であって、そういう伝道団体の意図に反する行為だ、として教師達が怒るのは当然の流れだ。
だったら援助を打ち切るぞという脅しを出されれば、八重さん側がぐうの音も出ないのは必至。

しかしここで問題なのは、女性教師らの「外国人女性」が事実上の校長、という認識なのだ。
明治政府は外国人による日本人雇用を禁じているというのは既に何回か前で出ている話だ。

そのへんの話

だからこそ、アメリカン・ボードからの給料も、まず襄先生個人で受け取ってから支払う形にしてる。
当時の日本の政策下で「外国人校長による学校」なんてものが認められるわけがない。
そのへんちゃんと前にやっただろ? 忘れちゃったんか? アホかおまえら、現実見てものを言わんかい!
くらい言い返してやればいいのに、八重さんたら頑なに「襄の敵は私の敵」みたいな状態で、結局女教師たちに言い返せなくなる。

「襄先生の笑顔を守る会」危うし!

そこで救いの手を差し伸べた佐久さんの「一歩退いても学校を守んのが八重の務め」は、さすが銃後の守りの何たるかを知る会津の女傑の言葉だ。
うん、でもさ、八重さん「銃後の守り」なんてやってなかったもんね(笑)
最前線で敵の砲兵隊長狙撃してたんだもん!
だから今回は仕方ないよ、ドンマイ会長!
(腕相撲で決めればいいんじゃね? とか思ったのは私だけだろうか)

そんなこんなで学校経営の危機的状況におっかぶせるように
山本家に荒しが……もとい嵐がー!
兄が盲目なのを良いことに、後妻とビーストの隠微な展開がー!

……とかそんなことは、容保様と襄先生が幸せならあとはどうでもいい自分にとってはアウトオブ眼中。
「書生うぜえ」としか思わん。

ジョーのライフはやっぱりコレよね。
どうする!オレ!
倍になるけどするほどのものじゃないっすw

ガザニアで闘ってみた

Posted by Lazyrose on   2 comments   0 trackback

もう先月のことになっちゃうんだけど、つーかもう皆知ってると思うんだけど^^; sannziさんがガザニアのお花プロップを配布してくれている。

配布先はこちらー。

自分は作画する時もお花って結構使うんだけど、Poserでお花のプロップって少ないんだよねえ。
このセット楽しみにしてたんで、すごい勢いでダウンロードしたのはいいけど、襄先生レポート地獄に追われてなかなか使えなかった。なんとか解凍したので一発テストをば。

131102-blog2.jpg

……お花といったらやっぱ女の子か動物でしょうと思ったんだけど……(笑)
えー、画像でわかるように、このガザニアセット

・茎と葉のついたタイプの一本タイプ
・茎と葉のついたタイプの23本セット
・花だけの1個タイプ
・花だけの23個セット

と4種類のガザニアが入っている(リンク先の記事で懇切丁寧に説明されているが)
23個セットのものは、sannziさんの桜吹雪セットや紅葉セットと同じく、ぶわ~っっと広がるようになっていて、広範囲に散らして使うのにすごーく便利だ。
よし、ぶわ~っと使うぞ!

131102-blog1.jpg

……間違った使い方だというのは言われんでもわかっている!
でも男で(しかもこの男で)こんな可愛いお花使うとか、この用途しか浮かばなかったんだ!
うーむ、このくだらない画像を作るためだけに三時間かけてマテリアルをいじったなんてとても言えない(笑)

131102-blog4.jpg

いやあ、しばらくマテリアルルームご無沙汰してたもんで、いじらないと忘れちゃうもんだねえ。
「Fast_scatter」って何だっけ……とか、二年くらい前の自分のマテリアルセット探して参考にする有様だよ情けない。
まあ、リハビリがてら、ガザニアにはありえない色とかを作って遊んでみただけなんだ。
花弁の透明感を出すのって難しいねえ……。

131102-blog5.jpg

三時間かけたわりに残念な出来だったが、sannziさんがちゃんと素敵なマテリアルセットを入れてくれているので安心してほしい。赤と黄色と白とオレンジぽいのと、23個セットの方は各色取り混ぜたものも入っている。
ちょー便利!

131102-blog3.jpg

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