Poizon of rose

蜜×毒なイラストとかOJとか

「ムジカ・ピッコリーノ」#8 まさかの親父ギャグ2連発

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「ムジカ・ピッコリーノ」は子ども向け音楽教育番組である。
主に子どもが対象なんである。
大人がチラ見しても充分に面白い教養パート。
そして一流の演奏者による贅沢なセッションは非常に評価が高い。
さらにCG方面に関心のある層が見ると腰をぬかすほどクオリティの高いグラフィック性。

以前から時々見ていた自分が、いまや毎週毎週テレビの前にへばりついているのは決してヨコシマな目的(だけ)ではない。
見ている子供たちが、登場人物と一緒に「モンストロを治療する!」とかいって手近な楽器に興味をもってくれたりとかして欲しいし。
だから、大人があまりドラマの中の複雑な機微とか人間関係とかを楽しみすぎてはいかんとは思う。

思うが、やはり気になる。
どうにも気になるローリー司令官とMr.グレープフルーツの共通性。

このスチームパンク世界にもとから住んでいたかのような違和感のなさ。
子供番組にふさわしからぬアダルトムード。
両者が手にするトラベラーズノート。
メロトロン号への行き先指示もなんかかぶるし。

そしてここに来てもうひとつ共通点が!

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「オーボエか。オーボエておこう」
「どこかで聴いたオーボエのある声だわ」

こいつら中身おっさんだ!

‥‥書くだけで恥ずかしいぞドクトル・ジョー。そして司令官!
(しかもご丁寧に「どっちらけ」的鉦の音まで用意されているときた)

フォーリャ地方の大きな木の下に隠れていたモンストロはボエッタ。柔らかいオーボエの音色にふさわしい、リスのようなデザインが愛らしい。
治療曲の「韃靼人の踊り」もなつかしくて良かったけど、チャイコフスキーの「情景」(「白鳥の湖」)やモーツァルトのオーボエ協奏曲も、あらためて聴くと良い音色だなあ。

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ブートラジオ放送中の姿もなんかおっさんだった。

「重版出来!」#7 圧倒的な才能に絶望する凡人を演じるムロ氏の圧倒的な演技力

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あまりにも。あまりにも胸が詰まるストーリーに、感想を書く手も鈍るほど重い回だった。

「夢をあきらめて、故郷に帰る」
沼田の挨拶を耳にした五百旗頭の表情が印象的だ。
おそらくこれまで何人も何人もの同じような挨拶を、ただ見つめることしかできない編集者。

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「沼田くんはここであきらめずに、SNSやpixivでマンガを続けたらいい。そこからメジャーデビューの道だってある」
という意見をかなり見かけた。
視聴者は「救い」が欲しいんだろうなと思う。

でも、自分は彼が望んでいたのは「マンガ家としてデビューする事」ではなかったように思う。

子供の頃からマンガが好きで、友達に褒められ、二十歳で賞を取り、「マンガを描く事が好きな自分」が彼のすべてで。
しかし、言い方は悪いが、その程度の人間は世に巨万といる。
「運よく」プロデビューできた新人作家の中も彼と同じかそれ以下のレベルの人間はいくらでもいて。だからこそ二十年間、「いい編集者と出会わないから」「運が悪いから」と言い訳できていたのだ。

でも中田伯は違った。

中田のネームノートを見てしまった瞬間の、沼田の恐怖。
自分には決して手が届かない「才能」を見てしまった瞬間、彼はその中に矮小で、情けない自分を見つけてしまったのだろう。
沼田くんは「マンガ家として成功」したくて嫉妬したんじゃない。
天才になりたかったんだ。
中田のような、マンガがなかったら生きていく術がないほどの、本当の天才に。中田の壮絶な過去さえ、妬ましかったかもしれないくらいに。

インクで真っ黒に汚れた沼田くんの手は、まるで人を刺して血にまみれたように見えた。
マクベスのように。
でも、刺してしまった己の真っ黒な手に脅えていたけれど、そのインクを必死でぬぐおうとした姿こそが沼田くんの本質だと自分は思う。
嫉妬に狂ってノートそのものを破いて捨てて、知らぬ顔を決め込むことなど、マンガを愛する彼にできるわけがなかった。
親に虐待され、「帰るところなどない」と断言する中田の過去を「才能がもらえるならそれすら羨ましい」とは、彼には言えなかった。
必死で汚れをとろうとして(余計汚して)、自分の手も汚れてしまったところが、沼田くんの善良であり、小さいところなのだ。

そんな沼田くんが愛おしくて愛おしくて泣けてくる。

そのまま、ノートを隠して、暴露に脅えて死んでしまいそうな沼田くんを救ったのは、彼に真実を告げる三蔵山先生のまっすぐな視線。そして中田伯その人のまっすぐな視線だった。

沼田くんはまっすぐに、誰かにわかって欲しかったのではないだろうか。
だから、自分は彼に「SNSやpixivで作品を発表する道もある」とは思わない。
望んだ「理解」を得て、初めて自分の絶望と向き合った彼には、すっぱり酒屋になって欲しいと思うのだ。

「現実なんていらなかった。ただ、マンガの中だけで生きていたかった」
中田に背を向け歩き出した沼田くんが、泣きじゃくりながらそれでも必死に前に向かって歩く姿に号泣した。
実家の近所のおばちゃんたちに「もうずっといるよ」と返す沼田に号泣した。
「原料の米を削って削って、いいところだけを使って作る」
実家の吟醸酒に、彼のモノづくりの心は活かされるはずだ。
それこそが本当の「救い」なのだと、自分は思う。


そして、並行して描かれるかつての「天才」牛露田とその娘の物語。
一見して中田との対比のようでいて、むしろ「いつか認めてもらえる」と待ち続けた沼田との対比にも思える。
この作品は、本当に「対比の妙」と「伏線の配置」が見事でうならされる。

シリアスな中にさりげなく息抜きとして置かれたコメディパートの配分の良さにも。

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「ムジカ・ピッコリーノ」#7 攻撃力が高すぎる

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今週もまんまと「エンゲル地方」に呼び出される(釣られるともw)メロトロン号ご一行。
明らかにモン・サン=ミシェルをイメージした海に浮かぶ美しい島。
そして現れたピリオド・モンストロはグラスハープの記憶を宿したグラッシェリーだ。

夕陽に浮かぶ島の景色も美しければグラスハープの響きも幻想的。
そして演奏するのが「主よ、人の望みの喜びよ」
なんとバッハの教会カンタータのコラールですよ!
そうかエンゲル=エンジェル(天使)かあ! バッハならドイツ語読みだもんな。
アリーナの透き通るような声がハープの音色と相まって美しい! 何からなにまでなんと美しい演奏シーンであることか!

‥‥と、まあこれで終わらないのがこの番組の恐ろしいところでしてな。

「ええ、ひとりピクニックですけど何か?」
「なぜかグラスふたつ用意されてますけど何か?」
「無理やり乾杯したらモンストロ浮かんできましたけど何か文句ありますか!?」

みたいな強引すぎる段取りでモンストロ呼び出したあげく、またもやトンズラするMr.グレープフルーツことドクトル・ジョー‥‥

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‥‥気障男やった‥‥orz

「エンゲル地方の海深く、眠りつづける愛しきあなた、ああ、そなたの美しき声をいつか聴いてみたい」
「また会えた幸運を祝して、乾杯」チーン

‥‥
‥‥ぶふぉ(鼻血)。.∴:.


ま、まあ先週の「運命」うんぬんあたりで予想はしていたけども(笑)いよいよアダルトになって参りました。

あのな、ちょっと真面目に言わせてもらうが、ちびっ子対象番組だからアリーナちゃんも

「また会えた幸運を祝して(キリッ)」
「だっておwww」(ヾノ・∀・`)ナイナイ

みたいなノリで言ってくれてますけどな!
危険ですよ!
いやマジで危ないから。

先日行われた取材会でオダギリ氏は
「自分が子どもに引きがあるとは思えない。何をどうしたらいいのか全く分かりません」
と、思考錯誤していることを語っていた。が、いや、引きはあります。あるんですよ。

取材会の様子

何しろフォロワーさんにきいた話では、ドクトル・ジョーが登場するとお母さんだけでなく女の子たちも反応するらしいのです。
ちび乙女心すらくすぐる、恐るべしドクトル・ジョーの魅力!
ううむ、男は必死に努力して男にならねばならぬが、女は生まれた時から女なのだ(ボーヴォワールの『第二の性』知ってる人今どきいるだろうか)
でもいいのか、こんな引きでいいのか!(笑)

「いい? こういう変な男の人見かけたら、まずはお母さんに報告するのよ。ケーサツじゃないわよお母さんだからね!」
とか子供に言い聞かせちゃいけませんぜーお母さん方。


制作も狙って言わせてるんだろうが、シャレにならん攻撃力だというのは自覚しておいて欲しいぞ。
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「重版出来!」#6 安井は夢に破れたのか?

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あ‥‥ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
残酷な仕打ちにあいながら頑張る東江(あがりえ)の物語 を見ていると思っていたら、
血反吐を吐きながら雑誌と作家を守っている安井の物語 になっていた。

な‥‥ 何を言っているのかわからねーと思うが (以下略)


今回の話を「理想を求めていた安井が現実に挫折した話」と受け取った人は多いと思う。
理想に燃える編集者が廃刊」という現実の前に挫折し、作家との信頼を失い、自己中心的な役員への反発も押さえ込まれ、
そうして安井は変わらざるをえなかったのだと。

五百旗頭(いおきべ)たちが語るかつての安井の話に、途中まで自分もそう思って見ていた。

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定時きっちりに仕事をあがり、
正月休暇中は連絡もとれない。
タレント事務所の意向を優先して新人作家の思いをつぶす安井。

第1話からずっと伏線は張られていた。
「編集者残酷物語」アカウントで。
部数会議での和田編集長と岡部長の会話で。
作家と編集者の理想的な関係に感動する心を苦々しく見つめる安井の表情で。

「ツブシの安井」の裏に何があったかなんて、おおかた視聴者だって見当はついていたのだ。
しかし、その見当は「彼が夢に敗れた」ところまでだった。

理想の仕事に挫折した安井は、夢をあきらめたのだろうか。
敗れた夢の八つ当たりで新人を使いつぶすような仕事をしていたのだろうか。
脚本はそんな短絡な安井を描いていない。
最後の和田編集長のひと言で、すべてが逆転する。

「お前が確実に稼いでくれるおかげで他の作品で冒険できる。勝負するところで勝負できてんだ」

そのひと言から高速で巻き戻される冒頭からの、いやもっと以前からのシーン。

「どれだけ素晴らしいものを作っても、会社が評価するのは数字。数字だけなのだ」
だから、彼は数字を取ることで作家と雑誌を守ることにしたのだ。
画面上に広がるこの「どんでん返し」には、思わず鳥肌が立った。
今回自分が一番感動したのは、物語そのものよりも、この物語の構造を作った脚本の野木さんの手腕にだ。

これは自分の想像にすぎないが、安井は別に新人作家を潰そうとしていたわけではないと思う。
ただ、「常に売れる作品」を出さなければならない中で、心折れて止めていくのであればいっそ早い方がいい、人生のやり直しがきく、そんな思いがあって、あえて潰れるに任せていたのかもしれない。

思えば、第4話の時点で安井は心に突きつけている。
「デビューちらつかせて引き伸ばしたあげく人生棒に振ったらどうすんだよ。お前に責任とれんのか」
あの言葉の裏には、今回の加藤の
「何のリスクもとらずに仕事してるサラリーマンのあんたとは違うんだよ!」
という叫びがあったのだ。

自分は安井は今でも理想のために働いていると思う。
作家と密に接し、二人三脚で、理想の仕事をこなしていく同僚達の横を通り過ぎながら、
その「やり方を変えただけ」で。
彼は決して自分が犠牲になっているとは言わないだろう(思っていても)

だからこそ「道具にされたくないんです」という東江の叫びに、安井はひそかに涙ぐむ。
そして、互いの手をつかみなおした東江と心の姿を、遠くからニヤリと見守っていた。

‥‥って、はっきり言うけど安井カッコよく描かれすぎじゃね!?
横ボーダーシャツ嫌いになりかけてた視聴者が全員「横ボーダー買おう!」と思ってるよ(笑)

「黒沢さんはどうですか? なんのために仕事をしていますか?」という三蔵山先生の問いかけが、今回の安井の話を経てどこに向かっていくのか、とてもとても興味深い。


‥‥というまともな感想はここまでで。

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ひとしきり感想吐いてから気がついたんだけど
今回、五百旗頭は困ってるだけで何もしていない(笑)

事務所都合のキャラデザイン変更に激怒する小熊に困り、
安井の姿勢に憤慨する小熊に困り、
自分の絵が下手だと知らなかった中田伯に困る小熊に困り、
単行本の表紙の件でとうとう激突する安井と小熊に困り、
コミックフロウ廃刊の過去シーンでも眉をひそめて困惑し、
安井が役員を殴ろうとした騒ぎの時にも、なす術も無く。

困ってるだけなのになんで「今週も五百旗頭さんカッコいい!」と絶賛されているのか、
まったくもってオダギリジョーの困った顔は最強だと思う。

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「ムジカ・ピッコリーノ」#6 なぜモンストロ視点

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私の名前はコトフルヌー。
大昔に起きた大災害で、失われた「音」を記憶する、そう、箏のピリオドモンストロ。
でも、音は知っていても曲は知らない。
エテルナのエネルギーが切れて、長い間この地に埋もれて忘れられていたのだけれど、この間、不思議な男の人が私のことを探しにやってきた。

箏柱を落とした私は音を鳴らすこともできずにいたのだけれど。
「困ったなあ~、困ったなあ~」
と優雅に困っちゃってるその人の姿になんだか胸キュンしちゃって、

「いまちょっと弦ゆるんでて~」

なんてだらしない女だなとか思われそうじゃなーい?
告白できずに私も困っていたところに、可愛い男の子と可愛い女の子と愉快な太鼓の人がやってきて、

(以下略)


‥‥というようなお話だったかと。
なんでモンストロが女性かって? それはだって

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モンストロもこう思ってるだろうなってw

さて、とうとうアリーナたちと遭遇したMr.グレープフルーツ。
声かけられて「うわ、ヤベ!」みたいな表情とりつくろって
「私はドクトル・ジョー」

‥‥怪しい(笑)

ジョーは本名だろうが「ドクトル」部分が怪しい。
治療しないでとんずらするし!
ヒントに肝心の箏柱渡してるし!
雲隠れ(まさに)したと思ったらちゃっかりマイク用意して「ロック版まちぼうけ」収録してるし!

これはあれだね、アリーナたちの演奏を録るために情報流してるよね。
‥‥音楽オタクだね?(違)

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「まあ遅かれ早かれぼくらは出会う運命だったけどね」
にテレビの前で鼻血吹いたお母さんたち多数だろうと思ったら、ちっさい女の子たちも騒然としていたらしい。

それにしても琴と箏があるのは知ってはいたが、その違いは全然知らなかった。
箏柱って取り外して調整できるんだ!
ていうか箏でこんなアグレッシブな演奏できるんだ!
ファンキーでモンキーでプログレッシブな「待ちぼうけ」とか、こんな早弾きされたら「待ちぼうけ」どころじゃないよ、追いつけないよ!(笑)

そして「熱血!ピンピン先生」がジワジワとヒットしている自分の中で。

「重版出来!」#5 五百旗頭バツイチ発覚!

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「最近、誰かに見られている」と気にする五百旗頭(いおきべ)。
さてはストーカーか分かれた奥さんか、いや俺は疲れてるんであって憑かれてるんじゃねえ、と賑わう編集部。
(まあこのルックスで普通に歩いてりゃ常時2~3人の視線は感じるだろうよと思うが)

ストーカーの正体はなんと小熊ちゃんだった。

買い物したらお釣りは必ず募金箱に入れる。おばあちゃんを背負って階段を登る。
車が来ない場所でも信号を守る。落ちているゴミは拾って捨てる。
あげくにミミズをレスキューときたもんだ。

「どれだけいい人なんですか!」

あー‥‥なんかその人よく知ってる気がする。

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「今ごろ秘境の村で誰かの役にたって感謝されてるんじゃないか」と中の人に言われていた某いい人すぎる男、都内で作家と会社と読者の役に立っていた様子w

「黒沢心・片思い疑惑」に素直に動揺する小泉君。
相手が安井ではという噂には拒絶反応を示すくせに、五百旗頭なら納得するんだなあ(笑)
しかし当の心ちゃんは立派な編集となるためには立派な編集である上司の技を見て盗めという、どこまでも発想が武道家な人だった。

しかし「尋常じゃないレベルの善人」五百旗頭の善行は、実は久慈社長を真似たものだという。
そして語られる久慈社長の過去。


おおおおおワシの正平キタ━━━(゚∀゚).━━━!!!


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「世の中はな、足して引いてゼロになるごつできとう。
ええ事したら運はたまる。悪いことしたらすぐに運は減りよる。
問題は、どこで勝ちたいかや」

そうか、運はためてためて、ここぞという時に使うものなのか!
‥‥ワシの500円玉貯金と同じやな (・x・ )

「もし運が溜められるなら仕事で勝ちたい」
五百旗頭が語る久慈社長の話に、耳ダンボの編集長w

今回、「運のつかいどころ」という点では久慈社長と和田編集長が対比として挙げられていた。
しかし本題となるのは、むしろ並行して描かれる新人・大塚シュートの単行本と廃棄処分される在庫書籍の対比だろう。

ベルトコンベアーに乗せられ、次々と断裁されていく大量の「売れなかった本」。
ショッキングなその光景は、毎月毎週毎日、洪水のように生み出される新刊本の、末路なのである。

「決して忘れません、この光景」

生まれたばかりの本と、殺される本。
ふたつの光景を前にした、ふたりの新人に同じ言葉を言わせる構成が見事だ。

ええことしたら運はたまる。
それは、「運をひきよせる努力」が必要だ、という意味だ。
運はたまたま降ってくるものではない。
装丁デザインの天才・野呂だって、デザインは降ってくるわけではない。周囲は「野呂マジック」などと言うけれど、そこには「売る」ために考えて考えて、感性を研ぎ澄ます、目に見えない努力があるのだ。
持ち込みからデビュー、単行本化ととんとん拍子に進み、傍からは「運がいい」と思われているだろう大塚シュートにしても、その裏にはたくさんの努力が重ねられているのだろう。

そして、何度も何度も書き直し、努力を重ね、中田が必死で作り上げた新人賞用の原稿が完成した。

唯一無二の発想力、ストーリーセンス。しかし問題は画力。
編集部員による選考会での評価はまっぷたつ。しかし、
「これ載せたら前代未聞だよ」
という壬生の言葉に、和田編集長の目が光る。
「前代未聞‥‥いいじゃねえかよ。見たことないもん載ってるのが雑誌の面白さだよ」

阪神が優勝を逃し、競馬で負けて競艇でも負けて、本屋の宝くじ一等当選を逃した編集長の、逃し続けた「運」のつかいどころはここなのか?
そして一等三千万当選を「こんな事」扱いで捨てた久慈社長、

三千万円分の重版出来は来るのか!?

とりあえず小市民の自分は三千万円当選したら速攻で換金するだろうが(笑)、せめて日々の善行は積んで、少しでも運を引き寄せたいと思う。
しかし五百旗頭に限っては、ことさらミミズを救い出したりしなくても、立って歩くそのルックスだけで充分に周囲に善行を振りまいているのではあるまいか。
書店に並んだ自分の本に感激する大塚シュートをやさしく見つめる顔なんかあんたそれ、

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ところで恒例の五百旗頭シャツ、(心ちゃんの回想善行シーンをとばしてカウントしても)なんと6バージョンあった。
いやあ、スタッフよくまあこれだけ色々揃えてくると感心するが、毎度テクスチャ用意するのも結構大変なんですけどお。
上のシーンのコレなんか、せっかく作ったのでさらしておくが、

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「ムジカ・ピッコリーノ」#5 おさらい

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今回は総集編だった。
いや、総集編というほど回を重ねてないので、まあ「これまでのおさらい」的な?
この番組わりと頻繁にこういうの入れてくるので、始めて観る人はびっくりしたかもしれないが。

とりあえず自分的には久しぶりにローリー司令官が出てきたので嬉しい。やっぱり画面が華やかになるなあ。
そして息子の写真にチューしてんじゃねえ司令官w

アリーナからの報告によって明らかにされた謎のブートラジオとMr.グレープフルーツの存在。
ああ! ついにお子様番組にふさわしからぬエロス漂うストーカー(メロトロン号の)の存在がアカデミーに伝わってしまった!
‥‥しかし、司令官もモレッティも、あまり怪しんでいない。というか「いーんじゃないのー。おかげでモンストロ治療はかどってるしー」みたいなローリー司令官あいかわらずのゆるさw

Mr.グレープフルーツが持っている忍法帳は司令官の手帳と同じに見えるんだが。
果たしてこのふたりにはナニか怪しい関係が?

「次はジパング地方に行こうかなぁ」って目的地も一緒なあたりも気になるな。

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次回はMr.グレープフルーツのお・も・て・な・し♥待機。

「重版出来!」#4 恋バナだった。

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良いドラマに多く見られる手法として「うまい対比」がある。
今回でいえばまず
「画力があってテクニックは持っているが完成した物語を構築できない東江(あがりえ)」と、「次から次へと物語が湧き出て見せ方もわかっているけど画力が追いつかない中田」という、ふたりのマンガ家志望者の対比だ。

まあ東江さんのはしょうがないんじゃないかなあ。だって彼女が描いてるのはBLで、BLってキレイな呼び方最近してるけど要は「ヤオイ」なわけで。ヤオイっていうのはワシが解説するのもなんだけどそもそも「ヤマなしオチなし意味なし」から来ている、というのが定説になってるくらい情緒・情景描写にのみ特化したジャンルなわけだからねえ。
そこにいきなり商業誌的一貫性を求められたってキツいよねえ。

それに対して、誰がどうみたって中田はこりゃホンモノだ。
別にマンガに限った話ではないが、表現者というのはもともと「表現したいもの」がその人の中に渦巻いていて、それを出すための手段として「マンガ」「絵」「小説」「彫刻」「音楽」など、ふさわしい表現方法をとる、というのがあるべき姿だ。
一方で、器用でそれなりのクオリティを一定レベルで作り出せる人間は表現者というより技術者だ。
別に上下があるわけではない。向き不向きの問題で。むしろ今の社会では一定レベルの商品を安定して供給できる人間の方がいいんじゃないかと自分なんかは思わないでもない。

でも、渦中の本人にとってはそうもいかないのも事実。
何度も何度もネームのやり直しをくらって、心に対する不信感まで芽生えてしまった東江の姿には誰もが自分を投影してしまうだろう。
しかし正直なことを言わせてもらえば
東江さんメンタル豆腐すぎて表現者に向いてない。
編集からの批評をいちいち全部真剣に受け止めてる生真面目さも向いてない。
更に言えばきれいなお部屋でiMacで液晶タブレットとかいう時点でどうかと(←これは嫉妬)

まあそんな彼女では、横からするりと「私と組んで今すぐちゃっちゃとデビュー」という悪魔のような安井の声によろめいてしまうのも無理はない。

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で、ここに「はじめから金の卵なんてない、育てて金にするものだとという心」「普通の卵にメッキを貼ることはできるという安井」のふたりの編集者の対比が重なってくる。

「ネーム直しばっかやらせて就職の機会逃させて、オマエは会社員だからいいよ。
デビューちらつかせて引き伸ばしたあげく人生棒に振ったらどうすんだよ。お前に責任とれんのか

安井の言う事が正しい。社会人としては。
フリーランスの人間にとって、安井の出す確固たる契約条件は非常に有難いものなのだ。食っていかなきゃならないし。
ぶっちゃけ出版業界って契約という概念に乏しくて(最近はしらんが)原稿料とかいっさい決まってないまま締め切りだけ要求されたり、暗黙の「他社の仕事すんなオーラ」で干上がったりするようなところだし。
しかし、安井の提示するそれだけでは創作人としての心は折れる。
漫画家というのは、フリーランスであり、かつ創作家でもあり、両方の要素を備えているので。

だから結論としては心でも安井でもなく、マンガ家としての才能を見分け、即戦力になるアドバイスで育ててデビューさせることのできる五百旗頭(いおきべ)が正義なわけだ。

心の編集者としての指摘も決して間違ってはいない。
ただ、その指摘は具体性に欠けていて伝わりにくい。抽象的な指摘でやり直しを命じられても、やり直す方は心をへし折られるだけなのだ。欲しいのは「あなたと頑張りたい」という感情論ではなく「ここをこうしてみたら」というアイデアなのであって。
そのへん、同じような新人の大塚を速攻で仕上げた五百旗頭の編集者としての能力は凄まじい。

やはりこのドラマは漫画家を描いているようで、実際は「本当の編集者になるには」という話なんだな。

これまでは1話完結型のようだったが、今回から「新人を育てる新米編集者」としての長編的な展開らしい。とはいえ、前の話の登場人物もきちんと描いてくれているので、話に深みと広がりがある。なんか視聴者も作中の先生方にすっかり思い入れしてしまって、

メロンヌ先生が元気になった‥‥よかった‥‥(´;ω;`) (←壬生にシンクロ)
三蔵山先生と沼田くんも出てきてわあ嬉しい! ‥‥っておい! 読ますな三蔵山先生にBL読ましてんじゃねえよおいこらあああ!ヽ(`Д´)ノ
みたいな(笑)


で、これで今回は終わりかなと思ったら最後にすごいオチがきた。
岐阜の山奥で林業を営んでいた古館市之進78歳。

「遅すぎる夢でしたかのう」
としょげるおじいちゃん、シルバー向けの雑誌の出版社をピックアップした心のアドバイスのおかげで、古色蒼然たるのらくろマンガがなんと書き下ろし単行本重版決定!www
「普通に就職して結婚しておばあちゃんになって、ああ、漫画家になりたかったなあって後悔する」という東江の言葉に対するものすごい対比キタコレ!

なんだか今回の話の辛さにしょんぼりしちゃった視聴者が
「やっぱ若い頃チャレンジしておけばよかったかなあ‥‥いや、今からでもやれることはある!」
と、とりあえず立ち直れる要素だった。

まあ、大丈夫だ心ちゃん、ほらキミには希望の星があるじゃないか! きれいに丸が描けるようになった中田が!
あと、めざすべき理想の編集者がすぐそこに!

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魂売ってコレ買えるなら今すぐ売るから悪魔来い! って思ったらタイムラインはすでに希望者殺到で何年待ちになるか想像もつかないありさまでござる‥‥orz

「ムジカ・ピッコリーノ」#4 ちゃんと情報収集してるw

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なんか怪しい‥‥モンストロ情報がメロトロン号の近くばかりだし、アリーナたちの演奏を流してるし、このブートラジオ怪しい!
と、ブートラジオを気にするアリーナと船長。
まあ、よもや気球に乗った謎の男が忍法帳片手にストーカーしてるなんて思いもしないよな(笑)

その謎のストーカー、Mr.グレープフルーツは今回ちょっと苦戦ぎみ。なんと気球を降りてペトルグラ地方に降り立ち、自らモンストロを探している様子。
おおおMr.グレープフルーツの全身が明らかに‥‥!
どうやらブートラジオのモンストロ情報はきちんと自分の目で確認してから流しているようだ。思ったより真面目なんだな!

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青く染まった大地に怪しく響く、悲鳴のような音。エリオットとポンジョルノを震え上がらせた怪奇現象の正体はテルミンの記憶を持つモンストロ、ワンタズマだった。

テルミンの専門家クララさんと奏でる曲はなんと「私のお気に入り」
「サウンド・オブ・ミュージック」の劇中歌で知られるスタンダードナンバーだ。
っていうか、ものすごく京都に行きたくなった(笑)
とても好きな曲だけど、これをテルミンで演奏するのか! とびっくりしたが、ジャズ仕立てにするとあら不思議、かぼそくふるえるようなテルミンの音がアリーナの歌声とうまく調和して不思議な魅力だ。
そういえばジョン・コルトレーンがやってるんだからジャズにするのは当然か。それにしてもこんなアクティブなテルミン演奏は初めて聴いた気がする。こういうのが聞けるからこの番組は面白い。

そして締めのMr.グレープフルーツ、グレープフルーツ片手に
「今回もメロトロン号に助けてもらっちゃったなァ。‥‥長い付き合いになりそうだ♡」

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今回はペトルグラの地に立つ姿もあって、少ーしずつ彼の正体がわかってくるらしい。目的はメロトロン号の仲間たちと同じなのか、違うのか? う~ん、気になるなぁ‥‥。