Poizon of rose

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「和風展」なんでそうなった

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「和風展」に(例によって)投稿締め切り寸前すべりこみ参加したでござる。
しかも三連投(笑)

Wafu6_M.jpg
コメント投稿は15日までだそうな。

今回は本当は二作品投稿の予定だったんだけど、最終日に三作目を急遽制作してしまった。
というのも、和風展が開催してしまってからも制作が間に合わず、ぎりぎりまでやってたら最終投稿日になっちゃってて(汗)
「ああ、11日になっちゃったか、これはちょっと触れなければならないなー」とか思ったわけで。
もちろん「大震災から一年」とかそういうイベント的な意味ではない。
自分なりのオトシマエみたいなもんだ。

「祷」
そのオトシマエのために作ったので、極力こだわらずにスピード重視!
DCも多少のヨレは見ないふり!
レタッチも、人物に関してはちょっぴりフォトショップで線を描き足したくらい。
ことさら変わった手法もなにも使っていない墨絵風だ。

120313-blog3.jpg

以前も使った「スケッチレンダ」で、もっと筆で描いたっぽいラインが出せないもんかと数値設定を割り出すのに時間がかかったけど、それくらいで、仕上げまで入れて約四時間という脅威の超短時間制作(当社比)!
やればできるじゃねえか自分(笑)と思うけど、時間があったらやっぱもっと手を入れていただろう。

「糸桜」
最初はこんな感じのまっとうな(?)軍人さん絵にする予定だったでござる。
血にまみれた戦場と、故郷の桜という実にまっとうな構図だったでござる。

120313-blog1.jpg

駄菓子菓子!
途中で和風展規約の「血しぶきNG」をハタと思い出し、泣く泣く却下。この絵に血なしは自分の中の重要なテーマを切り捨てなければいかんので、いかんとも妥協し難く。
オノレの頑固さに大概ムカつきながら「しょうがねえいつものアレで」ってんでアレになった(笑)

まあ絵柄はアレなわけだが、正直いうとこの絵の主役は軍服。
皆様おわかりだと思うが拙宅ギャラリーの「マイウェイ」感想絵の軍服の使いまわしである(笑)
使いまわしというか、この軍服は一回こっきりで終わらせるには惜しすぎるんである。
何を描くにもテキトウおおざっぱ極まる自分が時代考証なんぞできるわけもないが、今回この帝国陸軍軍服に限っては、かなり頑張った。
頑張ったといってももちろん頑張ったのは自分ではない。

餅は餅屋、ミリタリーつったら(自分の周囲には)cariさんだ。

「cariさん!マイウェイの軍服頼んだゼ!」と、さも当然のように赤紙送ったら、きゃりばー氏は快く招集されてくれまして、それはもう詳細極まる説明及びマテリアルとプロップの紹介とアドバイスが届いたでござる~♪

なんでもノモンハンでオダギリが着ていた軍服は、歩兵第64連隊の部隊だとの事。
当時の日本軍は、縦襟の軍服(昭5式軍衣と言うそうです)なので、秋穂さんのM3学ランを改造して、
siosaiさんちの肩章とかRMPのM4用軍帽とかをかき集めて、できあがったのがこんな感じ。

120313-blog2.jpg

まあ、実際にはPoserでは完全に正確な再現は難しい。
裾部分やポケットの形状が違ったり、使用してるプロップ類も、似たようなもので誤魔化してるし、どうしてもなくて結局手描きになったものもある。
でも拳銃はちゃんとあの「南部十四式拳銃」だよ!
あと肩章もちゃんと大佐のやつだよ!
うわー、こんなものまであったのか!すげー!siosaiさんすげー!

あと、cariさんに教わって初めて知ったんだけど、将校の軍刀はサーベルより日本刀が主流だったんですって。
そんでもって私物だったんですって~。
そいでもって日本刀のように帯刀するのかと思ったら、なんとサーベルのように垂直に帯剣するらしいですよ!
そうだったのかー!
だからあの時オダギリが倒れこんで、軍刀があの角度になってたのね~!

……いや、オダギリのことはいいんだ、忘れてくれ(汗)

とにかく短期間に帝国軍の事を教えてもらって、あれこれ調べていたら、なんだかこう、色々とな(笑)
言いたいことが出てきたので、この際「和風展」で出そうと思ったわけなんだよ。

そういうのって絵で表現できなかったら意味ない事をここでぐだぐだ言ってもしょうがないわけで。
それはそれとして、帝国陸軍の軍服も(着る人によっては)カッコイイじゃんよ
みたいなミーハーな結論で。ハイ。

(3.14追記)
戴いたコメントに「あの歌はお国のために~みたいな意味をこめているのか?」というご質問があったんでそれに関してお答え申し上げておくと、
あれは朝倉義景が足利義秋(義昭)を招いたときに交わした歌でして、たぶん「以後よろしゅうにぎにぎ」みたいなアレですし室町後期ですしっていうかそもそもあの義景に後の軍国主義的主君崇拝国家至上意識があったとは到底思えませんし。
わざとらしく頭に「君が代」を使った歌を探すのに苦労したんだぜってのはここだけの話なwww
(お答えになってない気もしますがすいません銀狐さん)

長くなっちゃったんで、二回にわけます。

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