Poizon of rose

蜜×毒なイラストとかOJとか

案の襄の天使祭り

Posted by Lazyrose on   2 comments   1 trackback

微妙に朝ドラ化している「八重の桜」第35回(笑)

丸ごとひっくるめて愛しちゃう襄先生に、前夫ファンまでが好意的でふわふわと舞い上がった心地でござるが、その前に!
その前にひとことだけ言わせて!

殿が……容保様が笑ったあああああ!。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。

第一回放送の小さい八重さんとの出会いで、西郷様の「しっぺいの刑」に微笑んでからこの方一度たりとも笑うことのなかった(役者本人が言ってるんだから間違いない)容保様が、戊辰戦争の辛く苦しい日々を経て、ようやく……

斎藤一改め山口次郎改め一瀬伝八改め藤田五郎(長い)と時尾さんの結婚式。
前回飛ばされたと思ったが、なるほど回想シーンでじっくりやってくれる腹だったのかえらいNHK!
昔、斎藤一の事を調べていた時、彼の再婚(再婚なんだからね!)の媒酌人が容保様だったと知って、なんだってこんな、言ってはなんだが会津者でもない下っ端の上仲人を大殿が? と魂消た。

しかし、こうして大河ドラマで半年以上をかけてじっくり会津戦争の流れを追っていくと、会津の者ではない人間が最後まで会津に忠誠を尽くしてくれた、その事が、同じように会津の人間ではないのに会津を背負った殿にとって、どれほど有難く、自身を肯定してくれるものだったかと思い当たる。
そう考えると、容保様にとっての会津戦争後とは、藩士のみならず、会津に尽くしてくれたすべての人間に償わずにおれない贖罪の人生だったのだろう。
容保様が、万感の思いをこめて新郎新婦を寿ぐこのシーンは、長かった会津戦争を京都守護職時代から丹念に追ってきた「八重の桜」ならではの名シーンだ。
容保様スキーとしては、もう、言うことはない。この殿の微笑でもう終わってくれても(待てい!)


(全然ひとことで済んでないあたり)
(こ、ここからが本題だから)



「ようやくひとつ報いることができた」と呟く大殿。
そして、尚之助の死の報に、
「何ひとつ報いることができなかった」と嘆く覚馬。

あの戦争を生き抜いた者たちにとって、生きる事とは償う事であったのだろう。

戦で傷ついた八重の苦しみとは、もちろん父や弟、幼馴染や親しい人を亡くし、国を失い、今また夫を喪った傷だろう。
だが、自分は「戦で人を殺してしまった」事も彼女を傷つけているのではないかと思う。殺さなければ殺される状況であっても人を殺すという行為は己を苛む。そしてそうまでしても結局、大切な家族や友人たちを救えず、己だけが生き延びてしまった罪悪感。
八重の苦しみは、ひいては大殿の、覚馬の、戦に関わったすべての人間と同じ
「大切な者を救えなかった己は加害者である」
という苦しみではないだろうか。

だからこそ覚馬は「八重の傷は八重自身にしか癒せない」と言ったのだと思う。

前夫の死に心閉ざされた八重。義弟を救えなかった自責にかられる覚馬。人斬り時代を回想する藤田五郎。
それぞれに傷ついた会津関係者を前に、明るく前向きな新時代の象徴として登場した新島襄は八面六臂の大活躍だ。

あの藤田と出会ったその日に超うちとけて、嫁も驚く笑い声を引き出す奇跡を起こし(まあ、他人とは思えないよねと「組!」ファンは思う・笑)
義弟尚之助を会津に引き込み、死に至らせた己を責める覚馬には、
「死を目前にした人の字とは思えない力強さだ」
と、意外な切り口で、それが尚之助自身が選んだ道であり、彼が意思をまっとうしたであろう事を示唆する。
着々と癒し任務を遂行し、そして本命の八重(@求婚進行中)。

「三郎さんや会津の大切な人たちが亡くなったことを、あなたがしっかりと受け入れなければ
亡くなった人たちはやすらかに眠れません。あなたの心の中の戦も終わりません」

弟が亡くなった地でピクニックってのもどうよと思うし、亡くなった人たちの声をきこうと岩に耳を寄せたり、若干言動は電波(汗)だが、人の生と死に対するスタンスは正しい。
大地に手を置いた八重さんの、絶望から希望へと変わっていく表情の変化も見事なら、それをじっと見守る襄の、ふわっとほころぶ笑顔がなんとも嬉しそうで。いやはや天使呼ばわりされる男の本領発揮だ。

130904-blog1.jpg

つい先日まで「新島帰国すんな!」とか言ってた尚之助ファンをも「新島襄いい人~」とあっさり篭絡するその笑顔。
勢いあまって前夫死亡回に再プロポーズまでしちゃっても怒られないメンタリティ。
「私は川崎さんに喜んでいただけるような夫婦になりたいのです」
そう来ましたか。五代くんですねクウガの五代じゃなくて「めぞん一刻」の五代ですね。
そのためにわざわざ間をおかず同回での再求婚でしたか。
すごいわ、脚本と役者の力技を見たわ。

そんな視聴者からの好感度急上昇中の襄先生を冷たくあしらい、約束を反故にした槇村府知事。
返す刀で覚馬を「会津者」と蔑む本音を見せて、今回見事に「鴨川投げ入れ」候補に成り下がった。
なかなか良い感じで黒い面見せてくれて、慶喜公亡き後(死んでない)視聴者をムカつかせるポジションをゲット。

いずれ暗黒卿と化した兄が府議会議長となって立ちはだかるから今にみておれ。



そして描かずにおれなかった「組!」ファン狂喜乱舞まさかのダブル斎藤共演(違)ツイッターで拾ったネタ

130904-blog2.jpg
いがさんのツイートから

Comment

sannzi says... "朝ドラあまちゃんファンとしては"
山川クネ男が出てこないかなとひそかに期待して見ていた回でした、出てきたら笑おうと思って(^_^;)
どんな真面目な顔をして出てくるのだろうと思って・・・

と言うような事は置いておいて、

殿が笑いましたね。
私もほっとするシーンでした、なるほど、殿が、斎藤一改め山口次郎改め一瀬伝八改め藤田五郎(確かに長い)に感じていた特別な親しみは、似たような境遇を感じていたからだったのですね。

肉親が亡くなった時、残された者は、誰しも言いようもない罪悪感に囚われるのだそうです。
殿や八重さん、兄つぁま、藤田五郎も、多くの会津の犠牲者にそれを感じていたのでしょう。
そこに癒しの手を差し伸べに現れた襄。
いきなり八重さんをピクニックに連れ出した時はそんな無茶なと思いましたが、見事に八重さんを癒した手並みは大したものでした。
ようやく襄先生天使~の意味が良く理解出来たように思います。

しかし襄先生、急にそっぽを向いた槇村府知事や、頑迷な僧侶を相手に、無事学校を開けるのか心配です(~_~;)
2013.09.06 17:51 | URL | #u2lyCPR2 [edit]
rose says... "出ませんでしたねえ"
>sannziさん
噂ではこれまで大河観ていなかった「あまちゃん」ファンがこぞってクネ男見たさに大河視聴始めたようなんですが。ここは無理にでも出すべきだったのではないかNHK!(無茶振り)

さておき、容保公が藤田の媒酌人をされた経緯の中には、どこかにそういった理由も入っていたのではないかと想像していました。いや単に藤田が可愛くてえこひいきしただけかも知れませんけども!(笑)

戦争は加害者と被害者に二分割されがちですが、現実はそんなに単純なものではないですよね。sannziさんのおっしゃるように生き残った罪悪感、人を殺した罪悪感、人を殺させた罪悪感、死に至らせた罪悪感、そういうものが被害者意識と一緒になって人を闇に陥れる気がします。戦勝国は「勝つためだった」で昇華できても敗戦国はそうはいきません。会津がいまだに薩長に対して頑なな意識を持つのもむべなるかなと(そのわりに亜米利加べったりな日本てどうなのw)

まあ、そんな生きる死ぬの会津戦争と比べれば、襄先生たちの学校設立は平和な時代の争いです。マッキーの掌返しも西郷大久保のアレに比べりゃ可愛いもんです。
東京まで行って槇村の首を救おうとした蜜月時代の終わった瞬間、山本兄の表情が完全に黒くなっておりましたね。敗者の怨念を甘く見たマッキーの今後を期待いたしませうほほほほほ。

襄先生は「神のご加護があるから大丈夫♪」で乗り切っちゃうみたいですよ。
2013.09.07 01:53 | URL | #4SZw2tfw [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する