Poizon of rose

蜜×毒なイラストとかOJとか

スポンサーサイト

Posted by Lazyrose on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

三枝失恋(そこかよ)

Posted by Lazyrose on   2 comments   0 trackback

終わるものがあれば、始まるものがある。
それはもうすべての人間に平等にふりかかる「時間」というものの宿命で。

剛の死に、臨時休業の札を貼るさくらや。いつもと違うオープニングが切ない。
追い討ちをかけるように、自分の名前を思い出せないおばあちゃんにショックを受ける太郎。でも、彼のその動揺をきちんと受け止めてくれる礼子という存在がすでに傍らにいることが救いだ。

そして、おばあちゃんから明かされるさくらやの秘密。
さくらやは、幼い太郎のために作られた「太郎のための居場所」だった。だから太郎が苦しい思いをするくらいなら、おしまいにしなければいけない。

「私が大切なのは思い出じゃなくて、今のあなたなのよ」

おばあちゃんの言葉が、見るものの心に沁みる。
結局、愛されていたのは、守られていたのは太郎の方だったのだ。
「おばあちゃんのために」という言葉で居心地の良い場所にしがみついていた太郎。でもそんな太郎を黙って受け入れることで太郎を守っていたおばあちゃん。
これからは、礼子と春馬と一緒に、太郎がおばあちゃんを本当に守る事になるのだろう。

なぜか、今回、太郎のだらしない服が貧乏臭く見えた。
よく考えたら着たきり雀だったんだよな。楽しい話の中では見過ごしていたけど。
あんなにキラキラしてみえたさくらやも、今回はさびれてほこりまみれで寂しい場所に見えてしまう。
フワフワとした、現実逃避の男達の目線でみていたさくらやと、現実のさくらやの違いが、ストーリー展開にしたがって視聴者の目にもはっきりとわかるように映されていて、演出の力を見た気がする。


そしてまあ、なんというか今回は三枝、よくがんばったな(><
一番きつかったのは君だ。
太郎と同じ髪型、似た服装で、ノリも同じでいつでも「おまえはすごいやつだ」と応じてくれる三枝は、いってみれば少年時代の太郎自身の自己投影であり、互いにとって双子的な存在だったのだろう。
結婚を決めた太郎と三枝の決別は、そのまま子供時代の自分たちとの決別で。

所帯を持つ太郎に向ける「おめでとう」の切なさに、そりゃ踊るしかないよな! と思う。
「踊り方わかんないよ」とためらう太郎のために、やおらツイスト踊り出すシマさんも素敵だ。
無音の中で踊り狂う男たち。
悲しくて、切なくて、でも新しい門出なら、踊り方を知らなくても踊って、せつなさを吹き飛ばす。そんな彼等の友情があたたかい。

151213-blog1.jpg

剛の死で、一時停止していたさくらや。
むりやり引き伸ばしてきた子供時代が終わって、一気に新しく動き始めた。
太郎と礼子は結婚して、春馬と4人の生活がはじまって、気付いたら正月になっててシマさんは北海道で就職して別れた女房とやり直してるようで。そんなところにいきなり届く

「第1回口頭弁論期日呼び出状および答弁書催告状」

゚(∀) ゚ エッ?

なんですかいきなり「原作」襲来ですか!
忘れてたけどこのドラマ原作協力とかいう存在があったんだ。え、ここから裁判展開なんですか!
あと2回じゃないんですか!
なんなんですかこのドラマw


そして太郎を失った三枝の明日はどっちだww

Comment

sannzi says... "演出の力!"
う~む、そこまでは読みきれませんでした。
同じ服装、同じセットでもストーリー展開に合わせて伝えたい事が分るように演出されていたのですね。
それが理解できたのもroseさんだからこそと思います。
きっとブログでオダジョーさん出演のドラマ感想を書き続けてこられたから、深い部分も理解されるのだと思います。
之から映画を見る時等にも参考に成るような観かたです、勉強に成りました。

おばあちゃんの秘密のエピソード良かったですね・・・
踊りのシーンも勿論良かったですが、この秘密のエピソードが、きっとこのドラマの一番の印象として残りそうです。
まだ最後まで見ないと分らないですけど・・・
て、訴状ですと@@!訳分らん!
2015.12.15 19:46 | URL | #u2lyCPR2 [edit]
rose says... "えへへ"
>sannziさん
いつもコメントありがとうございます! ドラマ感想なんてPoser界隈にはあまり需要ないと思ってましたが(オダギリ特化してるしw)映画やドラマの味わい方というのも創作する人間にとってはひとつの要素かもしれないですね、と、ちょっと心づよく思えました。

妙にすすけて見える服や背景は、ストーリーに入れ込んでいるがゆえの思い込みかも知れませんが、映像としてそう意識して撮影されているように見えました。静止画もですが、動画というのは目や耳に入る情報が豊富で、色々考えさせられますね。

おばあちゃんの告白、あれは祖父母(≒両親)にとって子供への最大の愛情ですよね。「おばあちゃんのため」といいながら、結局はそのおばあちゃんに守られていた太郎の未熟さと、それを知ってこれから親になるであろう太郎の成長がうかがえる気がしました。
正直「忘れられる」方の辛さより「忘れてしまう」側の辛さや心細さの方がずっと大きいんです。今までと同じように思考したり行動したりできなくなる高齢者の、それでも残していく子供を思いやる優しさを、八千草さんが本当に上手に演じてらして感心しました。
こういうドラマを観て、視聴者が何かを受け止めて成長できるとしたら、それがドラマや映画の最大の存在価値だと思います。

ってな真面目な感想なのに最後が訴訟なのよねえ!(笑)
これ全話終わって一本の映画としてみたらどんな話になるんでしょうねえ、楽しみです。
2015.12.15 21:41 | URL | #4SZw2tfw [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://lazyrose2007.blog115.fc2.com/tb.php/514-bbe3872b
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。