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「重版出来!」#8 みんないい人(エンペラー除く)

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ひとつのエピソードが別のエピソードの伏線になり、肉付けになり、物語は終盤に向けて進んでいく。
そんな第8話。

コンビニで雑誌を買えるようになった。
ネットで本を買えるようになった。
っていうか、近頃はそもそも本を(マンガさえ)読む人が少なくなってしまった。
町の書店は次々に潰れる。取次ぎも潰れる。つーか出版社が潰れる。
それでも本に関わる人たちは、少しでも良い仕事をしようと必死で努力を重ねているのだ。
マンガを描く人、編集する人、印刷する人、製本する人、流通に関わる人、そして書店で売る人‥‥。

「私ら大人は子供の前でカッコつけなきゃならんでしょう!」

という編集長の言葉は牛露田先生を救った。
山縣留羽先生の「100万オトメバイブル」は14歳の河さんを救い、
今またアユちゃんの心を救った。
岐阜のキタノ書店の熱い思いは和田編集長の心を救った。
「妖怪パタパタ」もといエンペラー営業にへこんだ小泉くんの心を救ったのは、河さんの書店員としての信念だ。

そして――小泉くんが出した手紙は、とてつもないご褒美を河さんに届けることになる。

とても美しい、蜘蛛の糸のように張り巡らされた美しい「救い」の連鎖だった。
もちろん、人生は美しいだけではない。
このドラマは、現実の厳しさ、もどかしさ、残酷さをも容赦なく描く。
本屋はつぶれるし、沼田くんは酒屋になってしまうし、やっと娘と向き合うことができた牛露田先生はもうまっすぐな線を引くこともできないのだ。

でも、キタノ書店は起死回生の「独自性」を打ち出そうとしている。
沼田くんの存在は、今苦悩する中田の心を切り拓こうとしている。
牛露田先生は、マンガ家だった自分への誇りと娘を取り戻した。
元のようには戻れなくても、形は違っても、それでも何かが前に進む。
そんな現実と理想の描き方をしているドラマだと思う。


さて、「読めば読むだけ強くてしなやかな羽になる」本を生み出す立場の中田伯。
「他人を理解する力の欠如が中田の弱点では」という五百旗頭の指摘は鋭い。

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初登場から沼田回まで、さんざん「空気の読めない男」感が振りまかれていたので、これは誰もが予想していただろう。
しかし沼田君の置き土産の落語を聞きながらスランプの泥沼にはまり、「苦労知らず」「マンガがなくても生きていける」と貶した大塚シュートを意識しすぎて、ついには自信喪失してエレベーターでへこたれる姿に、思わずお姉さんたち胸がワクワクと高鳴っ‥‥ハラハラと心配で心配で‥‥なあ?(笑)

それにしても、中田の存在がこんなにクローズアップされるとは。
最初は絵は上手いがネームを作れない東江と、絵は下手くそなのにネームがあふれる中田の対比だった。
前回は帰る場所のある沼田くんと、帰る場所のない中田の対比。
そして今回は、共感力が高すぎる大塚シュートと他人を理解しようとしない中田の対比。

最終的には編集者である黒沢心と、創作者としての中田伯の対比になるのだろうか。

まあ小泉くんや大塚シュートのように素直であるがゆえに立ち直りも早い男の子たちと違い、幼少期に闇を抱えた中田伯の挫折はあまりにも深い。そんな彼の心を、はたして素直属性の小熊ちゃんは救うことができるのだろうか?

‥‥などという縦軸クライマックスを差し置いて話題沸騰になっちゃってるのが
「次回、五百旗頭回!」

高畑に電話するエンペラー副編集長見坊
これは副編集長対決か!?
五百旗頭走る!
五百旗頭わめく!

よっしゃ! やっとオダギリの本領発揮!!

五百旗頭を見て「オダギリさんてカッコいい」とか初めて知った視聴者たちは思い知るがいい!
感情爆発あってこそのオダギリジョーだということを!
面倒な中田ケアは三蔵山先生にまかせて、クールで有能で誠実で非の打ち所のない五百旗頭の乱れる姿を堪能するどー!ヽ(`Д´)ノ

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