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「重版出来!」#10-1 会心の一本を獲ったのは

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すごく良い原作だし。
神がかったキャスティングだし。
どの回も演出が上手いし劇伴も泣けるし、美術スタッフの丁寧な仕事も公式アカウントの熱心な宣伝も、どれもこれもいう事なしのドラマだったんだけど!

自分がこの「重版出来!」を見続けてきて、もうどうにもシビれたのは、何を隠そう(隠れてないが)脚本の野木さんの手腕だ。
第1話から最終話を見据えて、練りに練って作りこまれた構成の緻密さと揺るぎなさ。
そして最後までブレずにきっちりと納めきったこの根性よ。

自分はあまりドラマを見ない方なので、野木さんの脚本をすべて見ているわけではない。
コレはすごいなと唸ったのは「空の広報室」の時だ。
原作付きのドラマにありがちな残念な部分が一切なく、むしろ原作の良さをさらに引き立てるストーリー仕立てはお見事! と言うしかなかった。
今回もまた、エピソードの入れ替えや合体、オリジナルエピソードの挿入にまったく違和感がなく、むしろキャラの奥行きを深めるその手腕にはひたすら感心、というよりむしろ戦慄を覚えさえした。

まず、第1話では新入社員の黒沢心が語り手となり、配属された週刊バイブス編集部でいきなり三蔵山先生のピンチに直面、会心の一本を取る。
ここで心の抱いた「理想の編集者とはなにか?」という疑問こそが、全10話におよぶ「重版出来!」のメインテーマだ。
2話以降、視点こそ営業の小泉や新人作家の東江、他の編集部員たちなどに替わっていくものの、それらの物語をひとつの結論にまとめ、最終回へと導くのは、10話でふたたび語り手となった心だ。

「理想だけで仕事できる人はこの世にどれだけいるのだろう」と傷つく安井。
「ただ、マンガの中だけで生きていたかった」と嘆く沼田。
「大人は子供の前でカッコつけなきゃならんでしょう!」と叫ぶ和田。

物語の中ではさまざまな立場の人物の、さまざまな葛藤が描かれる。
そしてその葛藤が、別の人物の葛藤との対比となり、エピソードがつながっていく。たたみかけるように回収され、あらたに展開する伏線の数々は、なんだか宝探しのようで。
中田のサイン会から受賞式にかけてのくだりなんか、もう、五百旗頭の「狙ってたんです」に唖然とする編集者たちみたいな顔で画面を見つめていたぞ自分は!

というわけでワタクシはここに「野木亜紀子≒五百旗頭説」を提唱する!(笑)

社長の過去からつながる「重版出来」の意味。
小泉や岡部長が靴をすり減らして切り拓く営業の力技。
「良い本を読んでもらいたい」という書店の河さん、北野さんらの熱意。
「売れるための」カバー装丁を手がける野呂さんの集中力。
出版に関わる人たちの、本を売るために重ねられた努力が。

作家になれなかった沼田の、
作家になってしまった東江の、
そして作品を生み出し続ける三蔵山、高畑、中田、後田といった作家たちの痛みが。

そして、そんな作家たちを守り、雑誌を守るために闘う編集者たちの苦しみが。

それらが9話までに語り尽くされていたからこそ、
「そんなもの要らない」という中田伯に視聴者は、断固として
「それが必要なんじゃ!」と思えるのだ。

「ピーヴ遷移」売り出しにスパートをかける、編集の、営業の、書店の、あらゆる関係者たち。
その熱意に動かされて、ついに中田自身が変化していく。
すべての回で描かれたすべてのエピソードがここに絡み、クライマックスに向けて集約されていくこの快感といったら!
ずっと心といがみあっていた安井までが売り出しのアイデアを出したあたりで、思わず鳥肌が立った。

そんな「ピーヴ遷移」の重版が決定したところで物語は終わる。

誰もが闘っている。
うまく行かない、思い通りに行かない、裏目に出る、世情に逆らえない、数字に逆らえない。
シビアな現実を真正面から受け止め、描いてきたたからこそ、「重版出来!」というひとつの言葉で、そこにいる全員が喜びを爆発させるこのシーンがキレイ事ではない、本物になっているのだ。

「自分が動けば何かが変わる」というメッセージが視聴者にダイレクトに伝わる、本当に素晴らしい脚本だった。
(伝わりすぎて突き刺さって、放映中は毎回、マンガ家や編集者、出版に関わる人々の色々血を吐くようなツイートが溢れかえっていたようだが・笑)

160622-blog1.jpg
五百旗頭も踊っていた。一応踊ろうとはしていた。


‥‥とまあ、視聴直後自分の心にはこんなような感動が溢れかえったんですけども。
あれから1週間たち、そろそろ自分の中で整理がついたかなと振り返って、いまだに収まっていないのが、近代芸術文化賞漫画部門受賞パーティでの三蔵山先生だ(笑)


「人生は素晴らしいもの」と作品で訴え続け、それが伝わらないと嘆き筆を折ろうとした三蔵山先生。
沼田らアシスタントたちを温かく見守り、そっと支え(というか、そもそも作家というフリーの立場でアシスタントたちを養うことの大変さが安井回で語られている)
他人を拒絶する中田伯の異能も、過去も、反抗期(笑)をも夫婦で受け止める。
なんという博愛! なんという天使! いや菩薩か! 三蔵山 龍、生ける菩薩!
‥‥とか思ってたら、菩薩いきなり壇上でマイクわしづかみに

「天才も凡人も年齢も性別も人種も国境も関係ねえ!」
「オマエラに負けねえ!」
「かかってこいやー!」
(意訳)


(  Д ) ゚ ゚


かっけえええええええ!


160622-blog2b.jpg
全っ然似てませんが何か!


あの小日向さんが、ここまでずーーーーっと、穏やかなセリフ、抑制のきいた演技をしてきた理由はこれだったのか!
シーンと静まり返った会場に、そういえば、第1話で心が三蔵山先生に「会心の一本」について語った場面を思い出した。

「頭の中も‥‥あたりもシンと静まって、永遠みたいな一瞬のあとに、主審の、『一本!』って声が響いて(中略)
 そのとき初めて、決まった! とった! って分かるんです」
「気分いいでしょうね、その瞬間」
「はい! と~っても!」

ある意味三蔵山先生で始まって三蔵山先生で終わった作品だった。

‥‥真の主役は小日向文世だったでFA。

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