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「重版出来!」#10-2 異論があるならベルサイユに来い!

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さて、前回の感想では、ワタクシ三蔵山先生に倣って抑えに抑えてきました(あれでも)
なぜならば、あそこで五百旗頭(いおきべ)=オダギリジョーを語ってしまうと、ただでも長い感想がさらに収集がつかなくなること請け合いだったからでございます!

こっからが本題でございます!(マイク鷲掴み)



まず、この物語の真の主役が誰かといえば、それは三蔵山先生、もとい、「出版に関わるすべての人(読者を含めて)」であるといえよう。
一方で、ヒーローはというと、これは間違いなく三蔵‥‥もとい、黒沢心であろう。

何しろ彼女はブレない。
第1話冒頭から「ブレない」体軸を評価されるという、世にも珍しい体育会系女主人公。
出会う人々とまっすぐに向き合い、失敗してもめげない、くじけない。精力善用、自他共栄で回を追うごとに成長していく。
高畑の移籍騒動で「自分の責任です」と謝罪した姿なんかもう、こんなに清々しく男らしい主人公、男でもそうそういない。

ではヒロインは誰なのか?
‥‥言うまでもあるまい、五百旗頭 敬だ(笑)

それもあれだ、キャーキャー騒いで主人公の足引っ張る系ではなく、優しく穏やかに主人公を導き、諭す、有能で美人な理想のヒロイン。
例えていうなら「銀河鉄道999」のメーテルだ。

ワタクシはここに「五百旗頭≒メーテル説」を提唱する!

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なにしろ徹頭徹尾「デキる男」五百旗頭 敬。
それも主人公に編集者としての理想を教え導くポジションだ。
心の成長に伴っているかに見えるこの物語は、実は、五百旗頭によって導かれているのである。

覚えているだろうか、第1話で彼は心にこう語っている。
「週刊連載っていうのはさ、ゴールのないマラソンみたいなもんなんだよ」
「三蔵山先生は、週刊誌で30年以上休みなく、第一線を 走り続けてきた。並大抵のことじゃない。そんな人が、走るべき道を見失った時、どんな言葉をかければいいのか‥‥」

はい、わかりますね!
「重版出来!」最終話は、この第1話とまるっきり対になっておるのです!

30年以上連載を続け、心が折れてマンガ家をやめようとした三蔵山先生。
40年の集大成として近代芸術文化賞を受賞し、「マンガ家人生に終止符を打つ」という三蔵山先生。

「どういう事だ五百旗頭!」
という編集長のリアクションも同じなら、真っ白になった五百旗頭の表情もまったく同じで(笑)
しかしその背景はまったく異なっている。

第1話時点で三蔵山の担当になったばかりだった五百旗頭は、その後(ドラマの背後で)ずっと、走り続ける三蔵山先生に伴走していたのだ。
実は6話で心が中田をアシスタントにしてもらうために三蔵宅を訪ねたシーンで、さりげなく伏線があった。
「五百旗頭くんとの打ち合わせから新しいものを作れそうだ」
そう、三蔵山先生はあの頃からすでに「新しい冒険」への準備を進めていたのである。

思えば登場時から「(ほぼ)理想の編集者」であった五百旗頭。
決して奢ることなく作家に寄り添い、適切なアドバイスで新しいアイデアを示唆し、ナイーブな新人作家のケアも万全、後輩の指導もバッチリ、エクセル処理も完璧(←大事)
しくじったといえば「高畑移籍事件」だが、これも担当は心であって五百旗頭が起こしたことではない。単に「クールで有能で理性的すぎで愛を伝えるのが苦手だったから、これからはちょっと情熱的になりましょう」とか、むしろステキ要素じゃんそれみたいな(笑)
心のみならず営業小泉からも「カッコいいいいいい~~」と憧れ慕われ、あげくの果てには視聴者からまで
「五百旗頭が手に入るなら悪魔に魂を売る!」
「五百旗頭に指導されたい!」
「ていうかミミズになりたい!」

みろ、メーテルやんけ!

そのメーテル五百旗頭が各話の中で残した印象的な言葉の数々。

たとえば3話でうっかり心に
「編集者は誰に給料もらってると思う? 読者だよ」
と説教したらメモ書きされて貼りだされて凄い勢いで回収したりとか(笑)

4話では東江を手放して嘆く心に
「編集者と漫画家の出会いなんてそれこそ運命みたいなもんなんだよ。
星の数ほどいる中で出会った以上は全力で相手のことを思って、その気持ちに応える
とロマンチックフォローしたらのちのち小泉にまで披露されてたりとか。

5話では「ここぞという勝負のために運をためる」社長ゆずりの信条を紹介し、7話では「担当した新人さんにどんな作家になってほしいか」と訊かれて
「担当が変わっても、雑誌を移っても、ひとりでどこまでも泳いでいける作家」
と答えている。

各話で心が手に入れる「答え」はほぼ、五百旗頭の信念なのだ。
(ほぼ)理想の編集者としての彼の言葉はそのままこのドラマのテーマである「理想の編集者とは?」への答えであり、それをそのまま吸収して心は成長していく。

そして迎えた最終話。

「大切な相手に好きと伝えられない」という、弱点ともいえない弱点を克服した五百旗頭にもはや隙はない。
誰にも言わずひっそりと「ドラゴン急流」の近代芸術文化賞受賞を信じ、準備を整えていた五百旗頭。
あの「狙ってたんです」に胸を撃ち抜かれなかった女が(男も)いるだろうか!

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っていうか、気付いた人も多いと思うが受賞本命と言われていた「ツノひめ」も「HITTI-POTTI」も、そもそも五百旗頭が立ち上げた企画だ。そして三蔵山先生を蘇らせ、その信頼を得て「ドラゴン急流」を受賞させたのもまた五百旗頭なのだ。
なんじゃこの五百旗頭無双状態は!

そう、五百旗頭こそが三蔵山先生に「新しい冒険に付き合ってくれ」と言わしめる、理想の伴走者、最良のパートナー、理想の編集者だった、ということなんである!

「理想の編集者とは何か」を追ったこの物語は、要するに編集者と作家の関係性を描いた物語でもあり、
だから自分は断言する。
すなわち五百旗頭と三蔵山先生の物語でもあったのだと!



‥‥え、心と中田伯じゃないのかって?
そういう見方もあるかも知れませんね(棒)


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♪さあ行くんだ その顔を上げて 新しい風に心を洗おう
古い夢は 置いて行くがいい ふたたび始まる ドラマのために

おやまあ、ピッタリじゃないか!
ふたたび始まる「重版出来!」2時間スペシャルドラマを座して待つぜ!

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